Gucciとは何者か|創業100年、セックスと破壊と再生の帝国

Gucci luxury fashion heritage Brand

Gucciとは何者か

Gucci luxury fashion heritage

Gucciは「ラグジュアリーブランド」という言葉が意味することの、最も複雑な実例だ。1921年にフィレンツェで馬具職人の息子として生まれたグッチオ・グッチが開いた革製品店は、100年以上の時間をかけて、セックスと権力と破壊と再生を繰り返してきた。今日のGucciは、その歴史のすべてを内包した怪物である。

プラダがインテレクチュアルを標榜し、エルメスがクラフトマンシップを守り続けるとするなら、Gucciは常に時代の欲望に正直だった。何が「美しい」かより、何が「欲しい」かを問い続けた。その貪欲さがGucciの強さであり、時に批判の標的にもなった。

1921年フィレンツェ:馬具職人の息子が開いた店

グッチオ・グッチ(1881-1953)は若い頃、ロンドンのサヴォイ・ホテルでベルボーイとして働いた。上流階級の旅行者たちが持つ美しい革製のラゲージを毎日目にしながら、彼は確信した——自分にも作れる、そして売れる。

フィレンツェに戻った彼は1921年、オルトラルノ地区に革製品店を開いた。馬具の伝統とフィレンツェの革職人技術を組み合わせた製品は、すぐに評判を呼んだ。最初の顧客は地元の貴族と裕福な観光客だった。Gucciが最初から「ラグジュアリーの夢」を売っていた事実は、その後の歴史を理解する上で本質的だ。

1930年代、第二次世界大戦の物資統制が革の調達を困難にした。グッチオは危機を創造性に変えた——麻、綿、ジュートのバッグ、そして竹(バンブー)をハンドルに使ったバッグ。制約が生んだバンブーバッグは、今日もGucciのアイコンとして現役だ。制約から美が生まれる——それがGucciの原点にある発想だ。

ファミリー企業の栄光と崩壊(1950〜1990年代)

1950〜60年代、Gucciはイタリアン・ラグジュアリーの頂点に立った。オードリー・ヘップバーン、グレース・ケリー、ジャッキー・ケネディがGucciのバッグを持つ写真が世界中に拡散した。ジャッキー・ケネディが愛用した「フローラ」スカーフを持つバッグは後に「ジャッキーバッグ」と呼ばれるようになる——Gucciのアイコン化はセレブリティとの結びつきによって加速した。

しかし1970〜80年代、グッチ家のファミリー間の権力闘争がブランドを内側から腐らせた。相続と支配権を巡る法廷闘争、ライセンスの乱発、安物の偽物が溢れるGucciのロゴ——ブランドイメージは地に堕ちた。1993年、グッチオの孫マウリツィオ・グッチがブランドの株式をインベストコープに売却し、ドメニコ・デ・ソーレをCEOに、トム・フォードをクリエイティブ・ディレクターに据えたことが、歴史の転換点となった。

Tom Ford期(1994〜2004):セックスと権力の帝国

トム・フォードが就任した1994年、Gucciは瀕死だった。フォードはすべてを捨て、新しいGucciを一から構築した。1995年秋冬コレクション——ベルベットのヒップスターパンツ、大胆な肌の露出、官能的なドレス。それはファッション界に電撃を走らせた。Gucciは一夜にして「欲望の宛先」に変わった。

フォードのGucciが証明したこと——ラグジュアリーとは「良い趣味」ではなく「強い欲望」だ。セクシャリティをラグジュアリーの核に据えることへの躊躇を、彼は完全に捨てた。この10年間でGucciの売上は10倍以上になった。

Alessandro Michele期(2015〜2022):マキシマリズムという革命

2015年1月、アレッサンドロ・ミケーレが突然クリエイティブ・ディレクターに任命された。5日後に発表されたメンズコレクションは業界を唖然とさせた——モスグリーンのベルベット、刺繍、ファー、異文化のシンボルが混在した、それまでのGucciとは何もかも異なるコレクション。

ミケーレのGucciは「美しいもの」の定義を根底から変えた。ジェンダーの境界は溶け、時代の境界も溶けた。70年代のフラワーパワー、ルネサンス絵画、日本のアニメ——あらゆる時代とカルチャーが同じコレクションに共存した。「マキシマリズム」という言葉がファッション誌を席巻したこの時期、Gucciの売上は倍増した。

Sabato De Sarno(2023〜2024):静寂という賭け

ミケーレ退任後、Keringはプラダ出身のサバト・デ・サルノを起用した。ミケーレの過剰さから真逆に振れ、静謐でクリーンな「Ancora(もう一度)」という赤を軸にしたコレクションを発表した。反応は賛否両論——ミケーレの時代を愛した顧客には物足りなく、新規顧客の獲得は目標に届かなかった。就任からわずか2年で退任が発表された。

Demna就任(2025〜):破壊者が頂点に立つ

2025年、KeringはバレンシアガからデムナをGucciのクリエイティブ・ディレクターに招いた。バレンシアガで「ゴミ袋バッグ」「崩壊した靴」でラグジュアリーの概念を解体し続けた人物が、世界最大規模のラグジュアリーブランドを率いる。この人事が意味することは明白だ——Gucciはもう一度、すべてを壊すことを選んだ。

Gucciのアイコンアイテム

バンブーバッグ(1947年)——戦時中の素材不足が生んだ発明。竹のハンドルは偶然の産物ではなく、制約が創造性に変わった象徴だ。

Horsebitローファー(1953年)——グッチオの馬具職人としての原点がシューズに結晶した一足。金属のホースビット(馬のハミ)をアッパーに配したローファーは、70年以上経た今も現役だ。

GGキャンバス——1960年代に登場したダブルGのモノグラム。バッグ、ベルト、スーツケース——GGはGucciがラグジュアリーの「見た目」を広く普及させた証だ。

Dionysusバッグ——ミケーレ期の代表作。ギリシャ神話の酒神をモチーフにしたクラスプが象徴的。過剰な装飾と精緻なクラフトの共存がミケーレ美学の核だ。

VAULTが見るGucciの本質

Gucciはラグジュアリーブランドのなかで最も「時代の欲望に正直なブランド」だ。プラダのように理知的に構える必要もなく、エルメスのように不変を誇る必要もない。Gucciは常に「今、何が欲しいか」を問い、それに全力で応えてきた。

その結果、Gucciの歴史は矛盾に満ちている。セックスシンボルだった時代、マキシマリストの天国だった時代、破壊者が君臨する時代——これらは一貫したブランドDNAから来ているのではなく、時代との対話から来ている。それがGucciの弱さでもあり、最大の強さでもある。デムナ就任後のGucciがどこへ向かうか、VAULTは批評的視点で追い続ける。

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