2015年1月、Gucciは新しいクリエイティブ・ディレクターにAlessandro Michele(アレッサンドロ・ミケーレ)を指名した。社内のアクセサリー部門にいた、業界外では無名に近い人物の大抜擢である。そこから2022年11月の退任までの約8年、Gucciの売上はおよそ3倍になり、ストリートの若者がヴィンテージの老眼鏡のようなメガネをかけ、花柄とレースの男が街を歩くようになった。マキシマリズム(過剰の美学)がラグジュアリーを再定義した7年間の記録である。
伝説の始まりは「5日間」だった
2015年1月、前任フリーダ・ジャンニーニの突然の退任により、Gucciは目前に迫ったメンズコレクションの指揮者を失っていた。代役を任されたのが、当時アクセサリー部門にいたミケーレである。与えられた準備期間は、わずか数日。彼が大急ぎで作り替えたそのショー(男性モデルが赤いシルクのボウブラウスをまとって歩いた2015年秋冬メンズ)が、そのまま新生Gucciの所信表明になった。
危機対応のはずの代打が、あまりに鮮烈だったため、Gucciはそのまま彼を正式なクリエイティブ・ディレクターに任命する。外部の大物を招くのが常識だった業界で、「社内の無名」への全権委任は賭けだった。結果はご存じの通りである。
ミケーレは「新しさ」ではなく「過去の全部」を持ち込んだ
前任期のGucciが官能と権力の直線だったとすれば、ミケーレのGucciは骨董市である。70年代のリボン、ルネサンス絵画、刺繍の虎、パールのボタン、祖母の部屋のような花柄。時代も性別も出自も違う装飾を、一体に全部載せる。「ギークシック」と呼ばれた大きなメガネと内股のモデルたちは、それまでのラグジュアリーが排除してきた「弱さ」や「奇妙さ」を、そのまま美しさとして提示した。
重要なのは、これが単なる懐古趣味ではなかったことだ。ミケーレの過剰はジェンダーの線を溶かす装置として機能した。男性にブラウスとレースを、女性にオヤジのスーツを。2010年代後半の「ジェンダーフルイド」の空気を、彼ほど大きな商業規模で形にしたデザイナーはいない。
BrandTom Ford期のGucci(1994-2004)|倒産寸前の老舗を「欲望のラグジュアリー」で救った10年READ MORE
数字で見るミケーレ期
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 期間 | 2015年1月〜2022年11月(約8年) |
| 出自 | 2002年からGucci在籍。アクセサリー部門から内部昇格の大抜擢 |
| 業績 | 在任中に年間売上がほぼ3倍に。パンデミック期に成長が鈍化 |
| 記号 | ギークシックのメガネ、刺繍の虎と蛇、GGマーモント、プリンスタウン(ファー付きローファー) |
| その後 | 2024年3月、Valentinoのクリエイティブ・ディレクターに就任(現任) |
成長の主エンジンは若年層だった。ストリートウェアの波とSNSの拡散力に、ミケーレの「写真映えする過剰」が完璧に噛み合った。ヒップホップのスターたちが刺繍のスーツをまとい、GucciはミレニアルとZ世代が最初に欲しがるラグジュアリーになった。
ミケーレ期を象徴するモノと現象
この時代のGucciは、記号になったアイテムを次々と生んだ。ファー付きスリッパのプリンスタウン、ダブルGバックルのGGマーモント、虎の頭が付いたバッグダイオニュソス、刺繍だらけのスーカジャン。どれも「過剰なのに欲しくなる」というミケーレの魔法の実物である。
文化現象としても大きかった。ハリー・スタイルズがミケーレのGucciの顔となり、ヒップホップでは「Gucci Gang」という曲名がチャートを駆け上がる。ラグジュアリーブランドの名前がここまでポップカルチャーの語彙になった例は、この時期のGucciをおいて他にない。
なぜ終わったのか|過剰の飽和
退任の背景に劇的な事件はない。あったのは飽和である。7年間同じ美学が最大音量で鳴り続けた結果、市場は「静けさ」(クワイエット・ラグジュアリー)へ振れ始め、Gucciの成長は鈍化した。2022年11月、ミケーレは退任。親会社ケリングは「新しい章」を選んだ。
だがミケーレ本人の物語は終わらなかった。2024年3月、ローマの名門Valentinoのクリエイティブ・ディレクターに就任。生まれ故郷ローマの家で、彼のロマンティシズムは第二幕に入っている。一方のGucciはその後も試行錯誤が続き、2025年にはデムナを迎えることになる。ミケーレの後任探しがいかに難題だったかの証明でもある。
BrandDemna × Gucci(2025-)|「La Famiglia」デビューを読む——破壊者は名門を稼がせられるかREAD MORE
in the vault=ここだけの話
ミケーレ期の評価は、退任直後が一番低かった。「飽きられた過剰」として語られたからだ。しかし数年経ったいま、古着市場でミケーレ期のGucciは着実に評価を回復している。理由は簡単で、あの過剰は「その時期にしか作られていない」からだ。刺繍も装飾も手間の塊であり、静けさの時代に同じ物量はもう生産されない。
ファッションの歴史では、「やりすぎ」と呼ばれた時代ほど後から資産になる。トム・フォードの官能がそうだったように、ミケーレの骨董市もいずれ「あの豊かさは何だったのか」と再評価される側に回る。金庫室としては、プリンスタウンと刺繍物は売らずに取っておくことを勧めたい。
まとめ
- Alessandro Micheleは2015年1月、アクセサリー部門からの大抜擢でGucciのクリエイティブ・ディレクターに就任
- ルネサンスから70年代までを一体に載せるマキシマリズムと、ジェンダーの線を溶かす装いで、売上を約3倍にした
- 終わりは事件ではなく飽和。市場が「静けさ」へ振れた2022年11月に退任した
- 2024年3月からはValentinoのクリエイティブ・ディレクター。Gucciはその後デムナを迎え、ミケーレ期の過剰は古着市場で再評価が進んでいる
BrandGucci(グッチ)とは?|1921年フィレンツェから始まる「時代の欲望に正直なブランド」の100年READ MORE