COMME des GARÇONSは、ひとつのブランドではない。川久保玲を頂点に、十数のラインが並立する「ファッションの学校」である。普通のブランドがメイン・セカンドの2階建てで済むところを、この家は実験・日常・ビジネス・ストリートのすべてを別会社・別ラインとして独立させた。しばしば「コムデギャルソン帝国」とも呼ばれるこの構造は、似た名前が多く迷子になりやすい。この記事で一度きちんと、全ラインの役割まで整理する。
- 名前の意味|「少年たちのように」
- なぜラインを分けるのか|「川久保玲の哲学」を1つの答えにしない
- 主要ラインの整理表
- 本ライン|「服の常識」を壊し続ける最前線
- メンズの二枚看板|HOMME PLUSとHOMME DEUX
- COMME des GARÇONS SHIRT|日常品への実験の応用
- PLAY|ハートのロゴが支える経済圏
- BLACKとCDG|不況とストリートが生んだ2ライン
- 弟子たちのライン|渡辺淳弥と二宮啓
- 経営を支えるもう一人の主役|エイドリアン・ジョフィ
- Girlと、若い世代への窓口
- ドーバー ストリート マーケットという発明
- 初めて買うなら、どこから入るか
- よくある質問
- in the vault=ここだけの話
- まとめ
名前の意味|「少年たちのように」
ブランド名はフランス語で「少年たちのように」を意味する。女性が女性らしさの記号(体の線、装飾)から自由になり、少年のような身軽さで生きる。そんな願いを込めて川久保玲が選んだ名前だとされる。この名付けの時点で、すでに「西洋的な女性らしさの解体」という、後の50年を貫くテーマが宣言されていたことになる。ラインが増えても、この最初の一行の思想だけは全ラインに共通して流れている。
なぜラインを分けるのか|「川久保玲の哲学」を1つの答えにしない
コム デ ギャルソンの特異な点は、ブランドを一つに固定しないことにある。実験的な服、日常の服、ビジネスの服、ストリートの服。川久保はこれらを同じ棚に並べず、それぞれ独立したラインとして走らせた。結果、世界でも稀な「多層ブランド構造」ができあがっている。しかもその一部は、川久保の教え子たちが自分の名前で率いている。本人の弟子が本人の会社の中で独立ブランドを持つという、ファッション界でも類例の少ない仕組みだ。
主要ラインの整理表
| ライン | 始まり | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| COMME des GARÇONS(本ライン) | 1969年(会社化1973年) | 川久保玲本人が手がける最前線。構造を崩し、美の概念そのものを問う |
| COMME des GARÇONS HOMME PLUS | 1978年 | ブランド最古参のメンズライン。紳士服の解体と再構築 |
| COMME des GARÇONS HOMME DEUX | 1987年(HOMMEから派生) | よりフォーマルで洗練された男性像。知的なテーラリング路線 |
| tricot COMME des GARÇONS | 1981年 | ニット中心の日常寄りウィメンズライン |
| COMME des GARÇONS SHIRT | 1988年 | 川久保玲自身が手がけるシャツ中心のライン。日常品への実験の応用 |
| Junya Watanabe Comme des Garçons | 1992年(渡辺淳弥) | テクニカル素材と構築技術。川久保の弟子による独立ライン |
| GANRYU(岩龍) | 2008-2017年 | メンズのモード×ワークウェア。2017年に終了 |
| PLAY Comme des Garçons | 2002年 | ハートのロゴ(Filip Pagowski作)で知られる、稼ぐための入口ライン |
| BLACK Comme des Garçons | 2009年 | 不況下に生まれた、アーカイブ再編集の黒一色ライン |
| Comme des Garçons Girl | 2015年 | ハイスクールの制服的要素を取り入れた、若年層向けウィメンズライン |
| NOIR KEI NINOMIYA | 2012年(二宮啓) | 黒と構築的シルエット。川久保の弟子による独立ライン |
| CDG | 2018年 | ロゴ中心のストリートウェア。若年層向けの入口 |
見ての通り、ラインは大きく3種類に分けられる。①川久保本人が手がける実験・翻訳の層(本ライン、HOMME PLUS、HOMME DEUX、SHIRT)、②弟子が独立して率いる層(Junya Watanabe、NOIR KEI NINOMIYA、かつてのGANRYU)、③稼ぐための層(PLAY、CDG、Girl)。実験だけでは50年続かない会社を、この三層構造が支えている。
本ライン|「服の常識」を壊し続ける最前線
ブランドの中心にあるのは、川久保玲自身が手がけるウィメンズの本ラインだ。服の構造を崩し、身体の形を変形させ、美の概念そのものを問い直す。1997年の「こぶドレス」に象徴されるように、ここでは「これは服なのか」という問いが毎シーズン更新される。黒を多用した非対称のシルエットは、他のどのラインにも真似のできない実験の純度を保っている。プレタポルテからアヴァンギャルドまでを横断しながら、Nikeなどとのコラボレーションでも注目を集め、2004年にロンドンで開業したドーバー ストリート マーケットは、この世界観を体現する旗艦的な売り場として機能している。
メンズの二枚看板|HOMME PLUSとHOMME DEUX
ブランド最古参のメンズラインがHOMME PLUS(1978年〜)だ。伝統的な紳士服を解体・再構築する革新的なアプローチで知られ、パリ・ファッションウィークで定期的に発表される、最もアート性の強いメンズラインである。クラシックなスーツをベースにしながら非対称のカッティングや異素材の組み合わせで、性や身体表現への問いを含む前衛的な造形を生み出してきた。1980年代以降のメンズファッションにおける「脱構築主義」の代表格として、世界中のデザイナーに影響を与えている。
一方のHOMME DEUX(1987年〜)は、HOMME PLUSからの派生で、よりフォーマルで洗練された男性像を打ち出すために生まれた。クラシックなテーラリングに前衛的要素を融合し、上質なウールやコットンを用いて都会的で知的な印象を追求する。全体として控えめながらも独自の緊張感とユーモアを感じさせる、日本のモードにおける「スーツ再解釈」の代表例のひとつだ。同じ「メンズ」でも、実験の過激さで攻めるHOMME PLUSと、知性と着やすさで攻めるHOMME DEUX。この対比が、コム デ ギャルソンのメンズ戦略の広さを物語っている。

COMME des GARÇONS SHIRT|日常品への実験の応用
1988年に始まったSHIRTは、クラシックなシャツを軸に、伝統的な紳士服へ前衛的な感性を加えることを目的に誕生した。素材の切り替え、アシンメトリーな構成、意図的な歪みや分解。川久保玲らしい「不完全の美」を、最も日常的なアイテムであるシャツに落とし込む。フォーマルとストリートの境界を曖昧にするこのラインは、「服を通じた思考の表現」というブランド全体の理念を最も手に取りやすい形で具体化している。
PLAY|ハートのロゴが支える経済圏
2002年に始まったPLAYは、赤いハートのロゴ(アーティストのフィリップ・パゴウスキーがデザイン)で世界的に知られるカジュアルライン。無地のTシャツやニットに小さなハートを刺繍しただけの、驚くほどシンプルな設計だ。Converseとのコラボレーションスニーカーはブランドの代名詞のひとつになっている。前衛的な本ラインとは対照的な「親しみやすさ」で、ブランド全体の経済を下支えする役割を担う。
BLACKとCDG|不況とストリートが生んだ2ライン
2009年に始まったBLACK Comme des Garçonsは、世界的な経済不況のさなかに立ち上げられた「困難な時期でもファッションを楽しむための服を」という思想のもとで、既存コレクションのアーカイブや人気アイテムを黒一色で再構築する期間限定ラインとして誕生した。当初は期間限定だったが人気の高まりから継続的なラインとして定着し、東京・ロンドン・香港・ニューヨークなど世界主要都市でポップアップを展開している。
2018年に始まったCDGは、親ブランドの略称をそのまま名前にしたストリート寄りのライン。ロゴを大胆に配置したグラフィックTシャツやスウェットが中心で、従来のコム デ ギャルソンより若い世代とストリートファッション愛好者をターゲットにしている。ラグジュアリーとストリートの融合を象徴するラインのひとつとして、川久保玲の「反ファッション」の精神を日常に落とし込んでいる。
弟子たちのライン|渡辺淳弥と二宮啓
コム デ ギャルソンのもう一つの特徴が、川久保の教え子に自分の名前のラインを持たせる仕組みだ。渡辺淳弥は1980年代にコム デ ギャルソンに入社し、1992年に自身の名を冠したラインを開始。パターン操作と異素材ミックスを駆使し、テーラリングとストリート要素を融合させる。ナイロンやデニムを用いたテクニカルな仕立てやミリタリー・ワークウェアの再解釈で高い評価を得て、Levi’sやThe North Face、New Balanceとのコラボレーションでも知られる、「構築派デザインの継承者」と評されるラインだ。
二宮啓による NOIR KEI NINOMIYA は2012年開始。名前の通り(Noir=フランス語で黒)黒を基調にした、構築的でアヴァンギャルドなシルエットを追求するラインである。かつてはGANRYU(2008〜2017年)というメンズラインも存在し、モードとワークウェアを掛け合わせた作風で支持を集めたが、2017年に幕を閉じている。
この「弟子に独立ブランドを持たせる」仕組みは、川久保玲一代で終わらない帝国を作る装置でもある。ラインを一堂に集めて見せるドーバー ストリート マーケットの存在と合わせて、コム デ ギャルソンは単一のデザイナーに依存しない、持続可能な前衛の仕組みを作り上げている。

経営を支えるもう一人の主役|エイドリアン・ジョフィ
これだけのラインを同時に走らせる経営は、川久保玲ひとりの仕事ではない。夫であり、コム デ ギャルソン・インターナショナルおよびドーバー ストリート マーケット・インターナショナルの社長を務めるエイドリアン・ジョフィが、国際展開と経営の舵を取っている。川久保が「壊す」思想を担い、ジョフィが「壊れないための経営」を担う。この分業も、実験と商売を両立させる仕組みの一部だ。会社の年間売上高は、報道によって幅はあるが数百億円規模とされ、ロンドン・パリ・ニューヨーク・香港・北京・ソウル・東京・大阪・福岡など世界各都市に直営店とドーバー ストリート マーケットを展開している。
Girlと、若い世代への窓口
2015年に始まったComme des Garçons Girlは、ハイスクールの制服的な要素(チェック柄、プリーツスカート、リボン)を取り入れた、より若い世代に向けたウィメンズラインだ。前衛的な本ラインの造形言語を、学生服という誰もが通ってきた記憶に接続することで、「難解なブランド」という印象を和らげる役割を担っている。PLAYやCDGと並んで、このラインもまた「まず入ってもらうための入口」として機能している。
ドーバー ストリート マーケットという発明
2004年にジョフィと川久保がロンドンで開業したドーバー ストリート マーケットは、単なる直営店ではない。コム デ ギャルソンの各ラインと、バレンシアガやプラダ、Miu Miuといった他社のブランドまでを同じフロアに並べる「美しいカオス(Beautiful Chaos)」という発想の売り場だ。競合になりうる他ブランドと自社を同列に置くという発想は、小売の常識からすれば異例中の異例だが、「良いものは陣営に関係なく良い」という川久保の哲学をそのまま体現している。現在はロンドン・ニューヨーク・ロサンゼルス・北京・シンガポール・パリなど世界主要都市に展開し、コム デ ギャルソンの全ラインを実際に見比べられる、この記事で紹介したような整理を体感できる数少ない場所になっている。
初めて買うなら、どこから入るか
ラインの多さに気後れする人向けに、価格と難易度で入口を整理しておく。
| 目的 | おすすめのライン | 理由 |
|---|---|---|
| とにかく手に取りやすいものが欲しい | PLAY | Tシャツやニット中心。価格帯も他ラインより抑えめで、ハートのロゴは単体で完成された記号 |
| きれいめの日常着が欲しい | tricot/SHIRT | ニットやシャツという日常のフォーマットに、実験の香りだけを効かせている |
| 本ラインの世界観に触れたい(男性) | HOMME DEUX | スーツという着られる形を保ちながら、川久保の哲学の輪郭がわかる |
| 本ラインの前衛をそのまま浴びたい | 本ライン/HOMME PLUS | 価格も難易度も最上級。中古市場でアーカイブから探す選択肢もある |
購入は直営店のほか、世界各都市のドーバー ストリート マーケットが最も網羅的だ。同じ屋根の下に本ラインからPLAYまでが並ぶため、ラインごとの違いを実際に手で比べられる稀有な売り場でもある。
よくある質問
Q. PLAYとCDGの違いは?
どちらも入門しやすいカジュアルラインだが、PLAYはハートのロゴを起点にした「かわいさ」寄りの2002年開始のライン、CDGはロゴを大胆に配置した「ストリート」寄りの2018年開始のライン。狙う客層と時代背景が違う。
Q. どのラインが一番「川久保玲らしい」?
デザイナーとして直接手を動かしているのは本ライン・HOMME PLUS・HOMME DEUX・SHIRTの4つ。渡辺淳弥やNOIR KEI NINOMIYAは弟子の作品であり、系譜は共有していても川久保本人の手によるものではない。
Q. なぜこんなにラインが多いのか、経営として破綻しないのか?
川久保玲の実験(本ライン)を、PLAYやCDGの売上が支えるという分業ができているため。エイドリアン・ジョフィによる国際経営とドーバー ストリート マーケットという専用の売り場が、この多角経営を成立させている。
in the vault=ここだけの話
ラインの多さを「複雑でわかりにくい」と敬遠するのはもったいない。この構造そのものが、川久保玲というデザイナーの答えだからだ。ひとりの人間の中にある「壊したい欲求」と「食べていく現実」と「次の世代を育てたい思い」。それを無理に一つのブランドに詰め込まず、全部を別々の椅子に座らせた。
だから初心者への助言は簡単だ。ハートのPLAYから入っても、恥じることはない。あなたが着ているその一枚は、川久保玲が本ラインの実験を50年続けるために設計した、経済という名のもう一つの前衛なのだから。
まとめ
- COMME des GARÇONSは川久保玲を中心に、十数のラインが並立する「ファッションの学校」である
- ラインは①本人が手がける実験・翻訳の層(本ライン・HOMME PLUS・HOMME DEUX・SHIRT)②弟子が独立するライン(Junya Watanabe・NOIR KEI NINOMIYA・かつてのGANRYU)③稼ぐための層(PLAY・CDG・Girl)の三層で読める
- PLAYのハートのロゴ(2002年〜)が経済を支え、本ラインの実験を可能にしている
- 弟子に自分の名前のラインを持たせる仕組みが、川久保玲一代で終わらない帝国を作っている
- 2004年開業のドーバー ストリート マーケットは、自社と他社ブランドを同列に並べる「美しいカオス」という発明。全ラインを実際に見比べられる、この記事の内容を体感できる売り場である


