Vivienne Westwood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)とは?|パンク・ファッションの母

Vivienne Westwood Brand

Vivienne Westwood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)は、パンク・ファッションの母であり、現代のアヴァンギャルドファッションの根源のひとつである。本稿では、その出自から代表的なアイテム、いまも続くブランドの現在地までを、静かに辿りたい。

Vivienne Westwood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)とは何者か

項目内容
ブランド名Vivienne Westwood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)
創業者ヴィヴィアン・ウエストウッド(1941年、イングランド・ダービーシャー州生まれ/2022年12月29日没・享年81)
設立1971年、ロンドン・キングス・ロード430番地の店から(当初の店名「Let It Rock」)
現クリエイティブ・ディレクターアンドレアス・クロンターラー(Andreas Kronthaler)——本人の夫であり長年の協働者
拠点ロンドン
象徴するロゴオーブ(orb/王権の宝珠に土星の環を加えた紋章)
象徴するアイテムコルセット、ロッキンホース・シューズ、タータン、オーブのアクセサリー
ラインVivienne Westwood(本体)/ Andreas Kronthaler for Vivienne Westwood

Vivienne Westwood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)は、パンク・ファッションの母であり、現代のアヴァンギャルドファッションの根源のひとつだ。1941年にイングランド中部の小さな村に生まれたヴィヴィアンは、マルコム・マクラーレンとともに1971年にロンドンのキングス・ロードに店を開いた。この店が、パンク・ムーブメントの衣装を生み出す拠点となる。

ヴィヴィアンの反骨は装飾的なものではない。英国の階級制度への怒り、政治的腐敗への批判、環境破壊への警告——これらを服というメディアで表現し続けた。ファッションを政治的行為として定義したのは、ヴィヴィアン・ウエストウッドだ。

Vivienne Westwood in Brief(English Summary)

Vivienne Westwood (1941–2022) is widely regarded as the mother of punk. From a single shop at 430 King’s Road, which she ran with Malcolm McLaren under names like “SEX” and “Seditionaries,” she turned clothing into the uniform of British punk in the mid-1970s. From the 1980s onward she reinvented herself as a historian of dress — reviving the corset and the crinoline — and made her Orb logo, a royal symbol orbited by a ring of Saturn, a statement about carrying tradition into the future. In her later decades she was fashion’s loudest environmental critic. Since her death in December 2022, the house has been led by her husband and long-time collaborator, Andreas Kronthaler.

パンクの誕生:キングス・ロードと革命

1971年から1980年代にかけて、ヴィヴィアンとマルコムの店は何度も名前を変えた——「Let It Rock」「Too Fast to Live, Too Young to Die」「SEX」「Seditionaries」「World’s End」。それぞれの名前の変化がその時代の反抗の形を示している。

「SEX」という店名が最も象徴的だ。ゴム製のフェティッシュウェア、ボンデージパンツ、スキャンダラスなプリント——これらは「良い趣味」ではなく「スキャンダル」として意図された。スキャンダルが最も効果的な反抗であることを、ヴィヴィアンは本能的に知っていた。

1976〜77年のパンク・ムーブメントで、セックス・ピストルズらがヴィヴィアンの服を着た。それは単なるスタイリングではなく、階級への怒りを可視化する行為だった。ヴィヴィアンの服はパンクのユニフォームになった——そして同時に、ファッションが「反抗の言語」として機能できることを世界に示した。

クチュールへの転換:「パンクからクリノリンへ」

1980年代、ヴィヴィアンは驚くべき転換を遂げた——英国の歴史的なテキスタイルとクチュールの技術への深い傾倒だ。タータンチェック、ハリスツイード、ブロケード——これらは反抗の記号ではなく、英国の美の遺産として再評価された。パンクの革命家がクチュールの伝統に向き合う——この逆説的な転換がヴィヴィアンを「ただのパンクデザイナー」から「歴史家でもあるデザイナー」に変えた。

ヴィヴィアンはクリノリン(骨組みのあるスカート)を現代に蘇らせ、バッスル(お尻を強調する台)をランウェイに持ち込んだ。英国の衣服史を「現代の反抗」の文脈で再解釈することで、パンクと伝統は矛盾しないことを証明した。

オーブ(orb)というロゴ——王権を未来へ

ヴィヴィアン・ウエストウッドを語るうえで、服そのものと並んで欠かせないのがオーブ(orb)のロゴである。中央に置かれるのは、イギリス王室にまつわる宝珠(オーブ)——十字架を頂いた球体で、王権の象徴だ。マクラーレンと袂を分かち、自らの言語を確立しようとしていた1980年代半ば、ウエストウッドはこの由緒ある王権の象徴に、ある異物を加えた。土星を思わせる環(リング)である。

天文雑誌の宇宙写真などから着想したというこの環の追加によって、紋章の意味は一変した。地上の王権(過去・伝統)を、宇宙へと、未来へと持ち出す——「伝統を未来へ運ぶ」という宣言が、ひとつの記号に凝縮された。これは彼女の仕事そのものの要約でもある。パンクで秩序を破壊した人物が、王室の図像を引用し、それを未来の符牒に変える。破壊と継承を同時に行うという矛盾こそ、ウエストウッドの核にあるものだ。

オーブは1987〜88年秋冬コレクションで初お披露目され、以降ペンダントやチョーカー、財布の留め具として展開された。いまやブランドを一目で識別させる最強のアイコンになっている。後述するとおり、入門者が最初に手にするのも、たいていこのオーブのアクセサリーである。

代表アイテムで読むウエストウッド

服やアイテムの一つひとつが、彼女の思想の「物証」として読める。代表的なものを挙げる。

アイテム解説
コルセットかつて女性の身体を締めつけた拘束具を、ウエストウッドは「装いの主張」へと反転させた。1990年秋冬の「Portrait(肖像)」コレクションでは、18世紀の画家ブーシェの絵画をプリントしたコルセットを発表している
ロッキンホース・シューズ厚い木製ソールの靴。1980年代半ばの「Mini-Crini(ミニ・クリニ)」のシルエットに合わせて生まれた、彫刻的な造形の一足で、現在も愛好される
タータン/ハリスツイード1980年代以降、反逆の象徴ではなく「英国の美の遺産」として再評価し、コレクションの核に据えた
オーブのアクセサリーペンダント、チョーカー、リング、財布。ブランドを象徴する記号を、最小単位で身につけられるアイテム群(→入門者の入口)
クリノリン/バッスル19世紀の下着構造を現代のランウェイへ。「パンクからクリノリンへ」という彼女の振れ幅を体現する

環境活動:ファッション界で最も声高な批判者

2000年代以降、ヴィヴィアンはファッション産業そのものへの批判者として活動した。ファストファッションの破壊的な環境影響、過剰消費、テキスタイル廃棄——これらへの怒りをコレクションとパブリック・ステートメントで表現し続けた。

「服を買うな。修理して着ろ」——これをラグジュアリーブランドの創設者が言う逆説は、ヴィヴィアンそのものだ。消費を促進するはずのデザイナーが消費への批判を叫ぶ——この矛盾を平然と引き受けるのがヴィヴィアンの反骨だった。2022年12月29日、ヴィヴィアン・ウエストウッドはロンドン南部クラパムの自宅で、家族に見守られながら81歳で永眠した。

ヴィヴィアン・ウエストウッドの現在——クロンターラー体制

2022年12月にウエストウッド本人が世を去ったあとも、ブランドは止まっていない。現在クリエイティブ・ディレクターを務めるのは、アンドレアス・クロンターラー(Andreas Kronthaler)である。オーストリア出身のデザイナーで、ウィーンの美術学校で教えていたウエストウッドと出会い、1993年に結婚。以後、公私にわたる協働者だった。

ブランドには現在、本体ライン「Vivienne Westwood」と、彼の名を冠した「Andreas Kronthaler for Vivienne Westwood」がある。後者はもともと「Gold Label」と呼ばれていたラインで、彼の長年にわたる関与の深さを反映して2016年に改称された。発表されるコレクションは、ウエストウッドの遺した語彙(コルセット、ドレープ、歴史への参照、政治的メッセージ)を引き継ぎながら、クロンターラー自身の手で更新され続けている。

ブランドは創業者の不在を空白にせず、その思想を生きた形で動かし続けている。これは、創業者の死後に名前だけが残るブランドとは異なる。思想の継承者がいるという点が、いまのウエストウッドを理解する鍵である。

ウエストウッドをはじめて手にするなら|価格帯と最初の一着

価格帯の目安(時期・為替により変動する)。

  • オーブのピアス・リングなど小さなアクセサリー:2万〜5万円前後
  • オーブのペンダント/チョーカー:3万〜8万円前後
  • 財布・カードケース(オーブの金具):3万〜7万円前後
  • バッグ:5万〜15万円前後
  • ウェア(Tシャツ・シャツ類):2万〜6万円前後〜

最初の一点として圧倒的に多いのが、オーブのアクセサリーである。ブランドの思想(「伝統を未来へ」)を最小単位で、しかも一目でわかる形で身につけられるからだ。とくにペンダントやチョーカーは、ウエストウッド入門の定番として長く支持されている。服から入るなら、タータンのシャツやスローガンTなど、彼女の「政治的なメッセージ性」が出やすいアイテムが象徴を体感しやすい。

購入は直営ブティック、公式オンライン、主要百貨店、正規取扱いのセレクトショップで。オーブのアクセサリーは模倣品・偽造品が出回りやすいカテゴリでもあるため、二次流通で買う場合は信頼できる店を選びたい。

VAULTが見るヴィヴィアン・ウエストウッドの本質

ヴィヴィアン・ウエストウッドはダーク・ファッションの源流だ。リック・オウエンス、マルジェラ、アン・ドゥムルメステール——現代のアヴァンギャルドファッションが持つ「反抗の美学」の系譜は、すべてヴィヴィアンのキングス・ロードに遡ることができる。

ヴィヴィアンが証明したこと——ファッションは「政治的行為」として機能しうる。服を着ることは社会への態度表明になりうる。パンクという1970年代のサブカルチャーを起点に、ヴィヴィアンはその命題を半世紀にわたって証明し続けた。

よくある質問

Q. ヴィヴィアン・ウエストウッド本人は存命ですか?

いいえ。2022年12月29日、ロンドン南部クラパムの自宅で家族に見守られながら81歳で亡くなった。ブランドは現在も続いている。

Q. では、いま誰がデザインしているの?

夫であり長年の協働者だったアンドレアス・クロンターラーがクリエイティブ・ディレクターを務める。1993年に結婚し、本人の死後もブランドを率いている。

Q. あのロゴ(オーブ)の意味は?

イギリス王室にまつわる宝珠に、土星のような環を加えた紋章。「伝統(王権の宝珠)を未来(土星の環)へ運ぶ」という、ウエストウッドの仕事そのものを表す記号である。1980年代半ばに生まれ、1987〜88年秋冬コレクションで初めて披露された。

Q. 最初の一着・一点には何がいい?

オーブのアクセサリー(ピアス、リング、ペンダント)が定番の入口。ブランドの思想を最小単位で、かつ一目でわかる形で身につけられる。偽造品が出回りやすいため正規ルートでの購入を推奨する。

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