NEPENTHES(ネペンテス)は、1988年に清水慶三(しみず けいぞう)が東京で立ち上げた日本の会社だ。海外の良い服を選んで売る「セレクトショップ」であると同時に、Needles(ニードルズ)やEngineered Garments(エンジニアド ガーメンツ)といった自社ブランドをいくつも抱える「作り手」でもある。つまりネペンテスとは、店の名前であり、複数の人気ブランドを生んだ親会社でもある、という二重の存在だ。
だから、Needlesの蝶の刺繍が入ったトラックパンツと、Engineered Garmentsのポケットだらけのジャケットは、まったく違う顔をしているのに、実は同じ「家」から生まれている。
この記事を読み終えると、その「家」がどんな仕組みでできているのか、そしてなぜ日本発なのに「アメリカ本国よりアメリカらしい」とまで言われるのかが分かる。
NEPENTHESとは何か|「セレクトショップ」と「ブランドの親会社」を兼ねる会社
ネペンテスの事業は三層でできている。海外の良品を見つけて売るセレクトショップ。それを全国に流す卸。そして自分たちで服を作るオリジナルブランド群。普通の会社ならどれか一つに絞るところを、ネペンテスは40年近く三つ同時に続けてきた。
三層に共通する燃料は、創業者・清水慶三の世代が浴びたアメリカへの憧れだ。ワークウェア、ミリタリー、アイビー、アウトドア。ただしネペンテスの面白さは、憧れをそのまま輸入しなかったことにある。アメリカの服を日本人の目で解体し、編集し、時にアメリカ本国より「アメリカらしい」何かに組み直す。この逆輸出の回路こそが、この家の家業である。
だからネペンテスの直営店は、単なる販売の場ではない。セレクト品とオリジナルが同じ棚で混ざり合い、「なぜこの服がここにあるのか」という編集の意図ごと売られている。買い付けた名品と、自分たちで作った服が、対等に並んで互いを説明し合う。店とブランドが一体で育っていくこの構造は、日本のセレクトショップ文化が生んだ発明のひとつだ。
清水慶三|「レッドウッド」から独立した目利き(1988)
清水慶三は1958年、山梨県生まれ。服飾専門学校を出てユニオンスクエアーに入社し、アメリカものを扱う店「レッドウッド」の立ち上げに参画した。バイヤーとして本場の古着と現行品を浴びるように見たこの時期が、目利きとしての土台になる。そして1988年10月、独立してネペンテスを設立した。
重要なのは、清水がデザイナー出身ではなく「売り場と買い付けの人」出身であることだ。何が名品で、なぜ名品なのかを、川上(デザイン)ではなく川下(店頭)から学んだ人。ネペンテスのブランド群に共通する「実際に使える服であること」への執着は、この出自から来ている。
Needles(1995)|清水自身の答え
セレクトと卸で基盤を築いた清水は、1995年、自身のブランドNeedles(ニードルス)を立ち上げる。ヴィンテージの文法を土台に、どこか歪んだ色気を足すこのブランドは、のちに蝶(パピヨン)刺繍のトラックパンツで世界的な現象になった。Needlesの美学と歴史は個別記事で書いているので、ここでは「ネペンテスの家長が自ら作った長男」という位置づけだけ押さえてほしい。
一つだけ付け加えるなら、Needlesの世界的ブレイクは2010年代後半、ヒップホップとストリートの文脈でトラックパンツが再発見されたことによる。目利きが30年かけて貯めた語彙が、まったく別の世代のスラングとして流通し始めた。この時差こそネペンテス的な現象で、彼らは流行を追わず、流行のほうが後から追いついてくる。
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鈴木大器とEngineered Garments(1999)|ニューヨークで作る「設計された服」
家系図のもう一人の主役が鈴木大器だ。1962年青森県生まれ。1983年に清水と同じユニオンスクエアーに入り、アメリカものの店頭で経験を積んだのち、1989年に渡米してネペンテスのアメリカ拠点に加わる。ボストンを経て1998年からニューヨーク。そして1999年、同地でEngineered Garments(エンジニアド ガーメンツ、通称EG)を立ち上げた。
ブランド名は「設計された衣服」の意味。デザイン画から始めず、過去の軍物やワークウェアの構造を分解し、ポケットの位置や切り替えを再設計して組み直す手法をそのまま名前にしている。生産の軸はニューヨークの工場に置き、「Made in New York」にこだわり続けてきた。
EGの服を店頭で見分けるのは簡単だ。まずポケットの数と位置がおかしい。胸に斜めのジップ、裾に隠しポケット、左右で違う形のフラップ。そして素材の組み合わせが自由で、一着の中でツイードとナイロンが平気で同居する。左右非対称の切り替えも多い。だが着てみると、この「おかしさ」がすべて使い勝手と表情に変換されていることに気づく。奇抜さのための奇抜さが一つもない。設計(エンジニアリング)という言葉の意味が、袖を通すと体でわかる。
そして2008年、鈴木はCFDA(米国ファッションデザイナー協議会)の新設された新人メンズウェアデザイナー賞を受賞する。日本人が編集したアメリカの服が、アメリカ本国の権威に「最も新しいアメリカの服」として認められた。ネペンテスの逆輸出回路が完成した瞬間だった。
家系図の全体像|ネペンテスのブランドたち
| ブランド | 始まり | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| NEPENTHES(本体) | 1988年 | セレクト+卸+創作の母体。東京発 |
| Needles | 1995年 | 清水慶三。ヴィンテージの文法×歪んだ色気 |
| Engineered Garments | 1999年 | 鈴木大器。NY製の「設計された」ワークウェア |
| South2 West8 | 2003年 | 札幌の店の住所(南2条西8丁目)が名前に。釣りとアウトドア |
| AiE ほか | – | NY発の若い世代など、家は今も増築中 |
注目してほしいのは、各ブランドが「本店の支店」ではないことだ。Needlesは東京の、EGはニューヨークの、South2 West8は札幌の空気で作られている。中央集権ではなく、土地ごとに家を建てる。このゆるい連邦制が、それぞれのブランドの純度を保っている。
ラルフ・ローレンの鏡像としてのEG
Engineered Garmentsを理解する補助線として、ラルフ・ローレンと並べてみると面白い。ラルフは、ブロンクス生まれのユダヤ系の青年が英国貴族と東海岸エリートの世界に憧れ、その憧れをアメリカで服に再構成した物語だ。EGはその鏡像である。青森生まれの青年がアメリカの労働着と軍物に憧れ、その憧れをニューヨークのど真ん中で再構成した。
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どちらも「本物の当事者ではない」ことを弱点ではなく武器にしている。憧れる者は、当事者が見落とす細部まで観察するからだ。EGのポケットの位置の異様な説得力は、外側から見続けた人間の観察の産物である。
NEPENTHESのFAQ
Q. ネペンテスとNeedles・EGの関係を一言で言うと?
ネペンテスが親会社で、NeedlesとEngineered GarmentsとSouth2 West8はその家族ブランド。デザイナーはそれぞれ独立しており、清水慶三がNeedles、鈴木大器がEGを率いる。
Q. どこで買える?
国内はネペンテスの直営店と全国の取扱店、公式オンラインが基本。EGはニューヨークにも店を構え、海外の有力セレクトにも広く卸されている。人気アイテムは二次流通も活発だが、Needlesのトラックパンツのような定番は現行品が安定して手に入る。
Q. EGのサイズ感は?
米国規格をベースにしたゆとりのある作りで、日本のブランドの感覚で選ぶと大きく感じることが多い。多ポケットで生地の重なりも多いため、数字より実寸と試着を優先したい。逆に言えば、程よく落ちる肩と身幅こそEGのシルエットの核なので、ジャストサイズに詰めすぎると良さが消える。
Q. どのブランドから入ればいい?
ストリート寄りならNeedles、服そのものの作りを味わいたいならEG、アウトドアが好きならSouth2 West8。同じ家でも入口の表情はまったく違うので、自分の生活に近い扉から入るのが正解だ。どの扉から入っても、奥で同じ「アメリカへの目線」に突き当たるのが、この家の面白さである。
ここだけの話|憧れは、本家より正確になる
日本のファッションには、アメリカの服を本国以上の精度で研究してきた長い伝統がある。ヴィンテージデニムの糸番手を数え、軍物の年代をステッチで判定する。この「憧れの考古学」はしばしば偏執的と笑われてきたが、ネペンテスはその集大成として、笑っていた側の本丸で賞を獲ってみせた。
憧れは、距離があるほど精密になる。海の向こうから目を凝らし続けた人間の観察は、いつか当事者の自己認識を超える。ネペンテスの家系図が証明しているのはこの一点であり、それは服に限らず、何かに遠くから焦がれているすべての人への静かな励ましでもある。
そしてもう一つ。清水と鈴木は同じ会社の店頭から出発しながら、東京とニューヨークという別々の場所で、別々の答えに辿り着いた。同じ憧れを共有しても、答えまで同じにならなくていい。むしろ答えが割れたからこそ、この家は豊かになった。師弟でも本店と支店でもない、憧れの同志という関係。ネペンテスという固有名詞の下で本当に続いているのは、この距離感なのだと思う。
まとめ
- NEPENTHESは1988年に清水慶三が設立した、セレクトショップ・卸・オリジナルブランド群の三層でできた「家」である
- 清水自身のNeedles(1995)、鈴木大器がNYで作るEngineered Garments(1999)、札幌の住所を名に持つSouth2 West8(2003)が主要ブランド
- 鈴木大器は2008年にCFDAの新人メンズウェアデザイナー賞を受賞。日本人が編集したアメリカが本国に認められた
- 各ブランドは土地ごとに独立した空気で作られる「ゆるい連邦制」で運営されている
- ネペンテスの本質は、アメリカへの憧れを本家より正確な観察に変えた逆輸出の回路である