糸で縫う代わりに、チェーンとリングとリベットで布を「組む」。色は黒だけ。noir kei ninomiya(ノワール ケイ ニノミヤ)は、コムデギャルソンの若きデザイナー二宮啓が2012年に始めたブランドだ。ブランド名のnoirはフランス語で黒。黒しか使わないと最初に決めてしまい、そのかわり作り方のほうを毎シーズン発明する。この倒錯した設計こそが、パリコレで「黒の新世代」と呼ばれる理由のすべてである。
noir kei ninomiyaは「黒いブランド」ではなく「黒を素材にした構築の実験室」である
黒い服のブランドなら世界に無数にある。noirが特別なのは、黒を「ムードの表現」ではなく「実験の条件」として使っている点だ。色の選択肢を自ら封じることで、デザインの変数は形と構造だけになる。チュールが幾何学的に増殖するドレス、金属パーツで接続されたライダース、レーザーカットされた小さなモジュールの反復。色で語れない分、服そのものの建築が異様に雄弁になる。
そして構築の方法が独特だ。noirの服の多くは、従来の縫製に頼らず、チェーンやリング、リベットといった金属部品で布と布を連結する。糸ではなく金具で組まれた服は、硬質なのにレースのように繊細で、甘いのに武装しているように見える。この「強さと繊細さの同居」がnoirの署名だ。
二宮啓という人物|仏文科からアントワープ、そしてパタンナーへ
二宮啓は1984年、大分県生まれ。意外なことに出発点はファッションではなく文学で、青山学院大学のフランス文学科を卒業している。その後ベルギーのアントワープ王立芸術アカデミーでファッションを学ぶが、途中で退学した。理由は挫折ではなく、学び続けるより早く服作りの現場に入りたかったからだ。
文学からファッションへ、アカデミーから現場へ。回り道に見えるこの経歴は、noirを読み解く補助線になる。服を絵として発想するのではなく、テキストの構造を読むように分解して考える人が作った服。noirの徹底した方法論的な作りには、そういう頭の癖が透けて見える。
2008年、帰国してコムデギャルソンに入社。配属はデザイナーではなくパタンナー、服の設計図を引く技術職だった。この4年間の下積みが、のちの「縫わずに組む」発想の土台になる。構造を知り尽くした人間だけが、構造を壊す順番を知っている。
転機は2012年。川久保玲に背中を押され、自分の名を冠したブランド「noir kei ninomiya」を立ち上げる。同年10月に最初のコレクションを発表。当時20代、社内最年少のデザイナー就任だった。パタンナー出身、川久保玲からの「名前の授与」。この経歴が、1992年のJunya Watanabe以来続くコムデギャルソンの系譜の直系であることは、家系図を見れば一目でわかる。
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「縫わない」は何を可能にするか|金具・モジュール・レーザーカット
noirの技法をもう一段だけ解剖しておく。通常の服は、布を裁断し、縫い代を折り込み、糸で縫い合わせて完成する。この「縫う」という前提には、実は多くの制約が隠れている。縫い目は直線か緩い曲線しか走れず、一度縫えば分解できず、布の重なりは厚みとして残る。
noirはこの前提を外した。レーザーカットで精密に切り出した小さなパーツを、リングやリベットで点として連結していく。点の連結は、面の縫合にできないことができる。服は鎖帷子のように動きに追従し、立体は縫い代なしで自由な角度に立ち上がり、パーツの反復はレースのような透過性を生む。二宮が数年のパタンナー経験で身につけたのは縫う技術だが、彼がブランドで示したのは「縫わなくても服は成立する」という証明だった。
だからnoirの服は、しばしば衣服より建築や彫刻の言葉で評される。設計図(パターン)を知り尽くした人間が、設計図の外側に出る。この順番は、服作りの常識を裏返した先人たち、たとえば「縫ってから畳む」を発明した三宅一生の仕事とも響き合っている。
コムデギャルソン「名前を許された者」の家系図
コムデギャルソン社内で、川久保玲以外の個人名がブランドに冠された例は数えるほどしかない。並べると、noirの位置づけがはっきりする。
| ブランド | 開始 | デザイナー | ひとことで言うと |
|---|---|---|---|
| JUNYA WATANABE COMME des GARÇONS | 1992年 | 渡辺淳弥 | 最初の「独立国」。ワークウェアの再構築 |
| tao COMME des GARÇONS | 2000年代 | 栗原たお | ニット出身の繊細な手仕事 |
| noir kei ninomiya | 2012年 | 二宮啓 | 黒限定・金具で組む構築の実験室 |
共通するのは全員がパタンナーなど技術職からの叩き上げで、川久保玲がデザインに口を出さないことだ。コムデギャルソンという会社は、才能に「名前と主権」を与える孵化装置として機能している。ライン全体の見取り図は図解記事にまとめてある。
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パリ進出とMoncler Genius|「黒だけの服」が世界に見つかるまで
noirは2012年の始動からしばらく展示会形式で発表を続け、2019年春夏シーズンからパリコレクションのランウェイに進出した。モデルの頭を白い綿毛で包み「タンポポ」に変えたデビューショーは、黒い服の凄みを白い演出で際立たせる、いかにもnoirらしい逆説で話題を呼んだ。続く2019-20年秋冬では、ファー調の球体に円形の穴を無数に開けたルックで幕を開け、「黒い服」という同じ答えに毎回違う解法で辿り着けることを見せつけている。
国際的な知名度を一気に押し上げたのが、2018年に始まったMONCLER GENIUSプロジェクトだ。モンクレールが世界のデザイナー8組と組む企画の一人に、当時まだ30代前半の二宮が選ばれた。「4 MONCLER NOIR KEI NINOMIYA」では、ダウンという実用の塊をチュールと金具で再構築してみせた。ダウンは中綿を閉じ込める縫製構造そのものがデザインの制約になる、モードにとって最も手強い素材のひとつだ。そこに「縫わない」文法を持ち込めたことは、noirの技法が実験室の外でも通用する証明になった。2020年には英国靴の名門Church’sともコラボしている。ダウン再発明の文脈は、モンクレール本体の記事とあわせて読むと立体的になる。
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noir kei ninomiyaのFAQ
Q. 表記や読み方の正解は?
公式表記はすべて小文字の「noir kei ninomiya」。読みは「ノワール ケイ ニノミヤ」で、会話では「ノワール」だけで通じることが多い。検索では「ノワールケイニノミヤ」のカタカナ続き表記も使われる。大文字で始めない表記には、名前を看板として誇示しない、この系譜らしい抑制が表れている。
Q. 本当に黒しかないの?
基軸は黒だが、コレクションでは白や、シーズンによっては鮮烈な色も登場する。ただしそれらは「黒の実験室に招かれたゲスト」であって、ブランドの土台はあくまで黒。名前がnoir(黒)である以上、この軸は動かない。
Q. コムデギャルソン本体と何が違う?
会社は同じ、思想の主権は別。川久保玲が服の概念そのものを壊しにいくのに対し、二宮は「黒」と「構築」という限定の中で密度を上げていく。破壊の母と、増殖の息子。売り場ではCDG系列として並ぶことが多いが、作風は独立している。
Q. どこで買える?
国内ではコムデギャルソン系列の売り場と、モードに強いセレクトショップが取扱いの中心になる。川久保玲が手掛けるセレクトショップ「Dover Street Market」は、noirの世界観がまとまって見られる場所として覚えておきたい。二次流通ではチュール物の状態(金具による引っかかり・破れ)の確認が必須だ。
Q. どんな人が着ている?
モードに軸足を置く女性が中心だが、チュールや金具の造形はジェンダーの境界が薄く、黒基調なので日本の街にもなじみやすい。ゴシックやダークファッションの文脈で手に取る若い読者も多い。金具とチュールという記号だけ真似た安価な服も増えているが、構築の精度がまるで違うので、一度実物に触れてから判断してほしい。
ここだけの話|日本の黒、第三世代
1981年、川久保玲と山本耀司がパリに黒をぶつけたとき、黒は西洋のドレスコードへの反抗の色だった。あれから40年。二宮啓の黒には、もう戦う相手がいない。noirの黒は反抗ではなく、彫刻家にとっての石膏のような、ただの(しかし最良の)素材である。
この変化は敗北ではなく達成だ。第一世代が黒を「主張」に変え、市場がそれを受け入れ、そして第三世代は黒を「前提」として自由に遊べるようになった。オピウムやゴシックの文脈で黒をまとうZ世代が、noirのチュールに惹かれるのは偶然ではない。彼らにとっても黒は、誰かへの反抗ではなく、自分の輪郭を確かめるための素材だからだ。黒の衝撃の物語が終わった場所から、noirの物語は始まっている。反抗の黒がどう生まれたかは、山本耀司の記事に書いた。読み比べると、40年で黒が何を獲得したかがわかるはずだ。そしてこの獲得の物語は、まだ途中である。noirの次のコレクションで黒がどんな新しい組み方をされるのか、それを楽しみに待てるようになったら、あなたはもうこのブランドの読者だ。
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まとめ
- noir kei ninomiyaは2012年、コムデギャルソンの二宮啓が始めた黒限定のブランド。糸ではなくチェーン・リング・リベットで服を「組む」
- 二宮は1984年大分生まれ。青学仏文→アントワープ王立アカデミー→2008年CDGパタンナー入社→川久保玲に促され最年少でブランド始動
- Junya Watanabe(1992)から続く「名前を許された者」の系譜の最新世代。全員が技術職出身
- 2019年春夏からパリのランウェイへ。Moncler Genius(2018)とChurch’s(2020)で国際的評価を確立
- noirの黒は反抗の色ではなく素材。「黒の衝撃」から40年後の、自由になった黒である