「ゴシック」という言葉は、服の話をする前に、すでに1600年以上の旅をしている。ローマ帝国と戦ったゲルマン民族のゴート族、中世の大聖堂、18世紀の恐怖小説、ヴィクトリア朝の喪服、そして1980年代ロンドンの地下クラブ。ゴシックファッションは、この長い連鎖の最後に現れた一つの答えにすぎない。オピウムファッションやZ世代のダークファッションを理解する上で、この基礎語を一度きちんと辿っておく価値がある。
ゴシックは「ファッション用語」の前に「侮辱の言葉」だった
始まりはゴート族という、4〜5世紀にローマ帝国と戦ったゲルマン系の部族の名だ。この名前が、12世紀フランスで生まれた尖塔アーチとステンドグラスの大聖堂建築の呼び名に転用される。だがこの命名自体、ルネサンス期の知識人が「野蛮で洗練されていない中世の様式」を貶めるための、皮肉交じりの呼称だった。つまり「ゴシック」は最初から、正統とされる美意識の外側に置かれた者への蔑称として出発している。この構造――主流から見て「野蛮」とされたものが、のちに独自の美学として引き継がれる――は、その後何度も繰り返されることになる。
1764年|世界初の「ゴシック小説」が生まれる
次の転機は文学だ。1764年、英国の作家ホレス・ウォルポールが小説『オトラント城』を発表し、その副題に自ら「A Gothic Story(ゴシック物語)」と冠した。中世の廃墟、呪われた血統、超自然の恐怖。ウォルポール自身が中世建築を模して改築した自邸ストロベリー・ヒル・ハウスでの悪夢に着想を得たというこの作品が、世界初のゴシック小説とされる。恐怖と美を同じ場所に置くという発想が、ここで初めて「ゴシック」という言葉に接続された。
以後、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』やブラム・ストーカーの『ドラキュラ』など、ゴシック文学は死・怪物・廃墟をロマンティックに描くジャンルとして定着していく。ヴィクトリア朝には、女王ヴィクトリア自身が夫アルバート公の死後に長く黒い喪服を着続けたこともあり、黒い喪服という実在の装いとゴシックの美意識が結びつく土壌が整った。
1979〜1982年|ポストパンクが「ゴシック」を音楽から服へ持ち出す
文学と建築の言葉だった「ゴシック」が、ようやく現在の意味に近づくのは1970年代末だ。パンクの熱狂が過ぎたあと、Siouxsie and the Banshees、The Damned、Joy Divisionといったバンドが、より陰鬱で耽美な音を鳴らし始める。1979年8月、Bauhausが発表した曲「Bela Lugosi’s Dead」(映画『魔人ドラキュラ』でドラキュラを演じた俳優ベラ・ルゴシに捧げた曲)は、この新しい音の方向性を象徴する一曲として、のちに「ゴシック・ロック」の原点格として語られるようになる。
そして1982年7月、ロンドン・ソーホーに「The Batcave(バットケイブ)」というナイトクラブが開業する。ここに集ったSiouxsie Sioux、The CureのRobert Smith、Marc Almond、Nick Caveらの装い――バックコームで逆立てた黒髪、黒いレースやフィッシュネット、ドレインパイプのタイトなパンツ――が、現在まで続くゴシックファッションの標準形を作った。音楽のサブカルチャーとして始まったこの服装が、初めて「ファッションとしてのゴシック」に結晶した瞬間である。
ビジュアルの文法|黒・レース・コルセット・厚底ブーツ
Batcave以後のゴシックファッションには、共通する語彙がある。黒を基調に、ヴィクトリア朝の喪服を思わせるレースやベルベット、身体を締めるコルセット、重量感のある厚底ブーツ。蒼白のメイクと、逆立てるか長く伸ばした黒髪。どのアイテムも単体で見れば、中世の建築が纏っていた「荘厳さ」と、ヴィクトリア朝の喪が纏っていた「死への礼儀」を、そのまま身体に移植したような佇まいをしている。ゴシックファッションの強さは、この歴史の重みを一着でまとえることにある。
もう一つの重要な文法が、宗教的な意匠の引用だ。十字架、教会のステンドグラス、キリスト教美術に見られる聖人像や殉教のモチーフ。中世の大聖堂建築がそもそも宗教建築だったことを思えば、これは語源への忠実な回帰でもある。ゴシックファッションが「不謹慎な悪趣味」ではなく「様式として成立した美学」だと感じられるのは、この一貫した引用の体系があるからだ。デザインの一つひとつに、遡れば必ず出典がある。
「トラッド・ゴス」から「ウィムジーゴス」まで|内部の多様化
80年代に標準形が確立したあと、ゴシックファッションはコミュニティの内部でさらに枝分かれしていく。Batcave直系の様式を守る「トラッドゴス」、ヴィクトリア朝の装飾を強く残す「ロマンティックゴス」、産業機械やパンクの意匠を取り込んだ「インダストリアル/サイバーゴス」、日本発の甘さと暗さを配合した「ゴシック・ロリータ」、そして近年ではメルヘンな要素を混ぜた「ウィムジーゴス」まで、8種以上のスタイルに分岐したとする整理もある。一つの起源から複数の方言が生まれていく様子は、この文化がすでに40年以上の年輪を持っていることの証明でもある。それぞれの様式には固有の音楽的背景や地域性があり、「ゴス」という一語で括るには惜しいほどの多様性が、すでに内部に育っている。
日本国内での展開も特筆に値する。原宿を中心に独自進化した「ゴシック・ロリータ」は、ヴィクトリア朝の少女服の意匠と、ロンドン発のゴシックの暗さを掛け合わせた、日本独自の解釈だ。輸入された美学が、輸入元にも逆輸出されるほどの独自の完成度を持った稀有な例である。
モードへの流入|アン・ドゥムルメステールとマックイーン
クラブカルチャーの外側でも、ゴシックの語彙はハイファッションに継続的に流れ込んでいく。詩と死をテーマに黒い服を作り続けたアン・ドゥムルメステール、死と美を舞台演出として昇華させたアレキサンダー・マックイーン。彼らの仕事は「ゴシック」を直接名乗らないことが多いが、廃墟・喪・崇高という同じ語彙を、コレクションという別の回路で扱っている。
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リック・オウエンスもこの系譜の延長にいる。退廃と聖性を同時に扱う彼の美学は、ゴシックが求めてきた「恐怖と美の共存」を、宗教的な儀式性へさらに一段推し進めたものと読むことができる。
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ゴシックファッションのFAQ
Q. Whitby Goth Weekendとは?
イギリス・ヨークシャーの港町ウィットビーで年2回開催される、世界最大級のゴス集会だ。この町がブラム・ストーカーの『ドラキュラ』の舞台の一つになったことにちなみ、1994年から続いている。文学の舞台が、40年後の実在の祭典に姿を変えたという点で、ゴシックの歴史そのものを体現する行事になっている。
Q. ゴスとパンクは何が違う?
パンクは体制への直接的な反抗と怒りを主軸にするが、ゴスは怒りより「美と死への耽溺」に重心がある。パンクの延長で生まれた音楽シーンが土台にあるため親戚関係にあるが、態度の方向性は異なる。
Q. Z世代のダークファッションとゴシックは同じもの?
系譜としては連なっているが同一ではない。80年代のゴスは音楽サブカルチャーへの帰属を意味したが、いまの若い世代の黒はSNSの美学として選ばれることが多い。この違いについては、Z世代のダークファッションを扱った記事に詳しく書いた。
CultureZ世代とダークファッションの関係性|なぜ“暗さ”が今の若者に支持されるのかREAD MORE
Q. なぜ2020年代に再び注目されている?
Playboi Carti発のオピウムファッションのように、音楽シーンから黒い美学が再浮上するたびに、その源流としてゴシックが再発見される。恐怖と美を同じ場所に置くというこの言葉の核心は、時代が不安定になるたびに呼び戻される、息の長い装置なのだと思う。
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ここだけの話|「野蛮」と呼ばれた側が、いつも一番長生きする
ゴート族への蔑称、中世建築への皮肉、恐怖小説への冷笑。ゴシックという言葉は、生まれるたびに主流から「劣ったもの」の名として与えられてきた。だがその都度、名付けられた側は蔑称を引き受け、独自の美学として鍛え直し、名付けた側より長く生き残っている。中世の大聖堂は今も観光客を集め、ウォルポールのゴシック小説はホラーという巨大な文学ジャンルの祖になり、80年代の地下クラブの装いは40年経った今も再発見され続けている。
ゴシックファッションを着ることは、だから「暗い」ことの表明である以上に、「劣っているとされた側から、時間をかけて勝つ」という長期戦の作法を、無意識に継承する行為なのかもしれない。オピウムファッションもZ世代のダークファッションも、この長い連鎖の最新の一章にすぎない。
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まとめ
- 「ゴシック」はゴート族への蔑称から中世建築、18世紀のゴシック小説、ヴィクトリア朝の喪服へと1600年以上かけて意味を広げてきた言葉である
- ファッションとしてのゴシックは1979年前後のポストパンク(Bauhaus等)と、1982年開業のロンドンのクラブ「Batcave」で標準形が確立した
- 黒・レース・コルセット・厚底ブーツという語彙は、中世建築の荘厳さとヴィクトリア朝の喪の美意識を身体に移植したものである
- アン・ドゥムルメステール、マックイーン、リック・オウエンスらのモードは、この語彙を直接名乗らずに継承している
- オピウムファッションやZ世代のダークファッションは、この長い連鎖の最新の一章として位置づけられる