2020年春、世界中の大学がZoom越しの授業に切り替わった。図書館の埃っぽい匂い、教授とのふとした会話、キャンパスの秋。失われたこれらすべてを、若者たちはインターネットの中で再構築し始めた。ダーク・アカデミア。チェックのブレザーと古書、ろうそくの灯りで彩られたこの美学は、Z世代のダークファッションを構成する4系統の一つとして既に紹介済みだが、この記事ではそのルーツと構造をもう一段深く掘る。

ダーク・アカデミアは「失われた学び」への喪の作業である

この美学の核心は、暗さそのものではない。手に入らなくなった「知的な生活」への憧れだ。実際に古典を読み、教授と議論し、図書館の片隅で夜を過ごす。この経験そのものが特権的で得がたいものになった時代に、ダーク・アカデミアは「学ぶこと」を美意識として再演する。それは学問への敬意であると同時に、失われた(あるいは一度も手に入らなかった)ものへの、静かな喪の作業でもある。

なぜ「アカデミア(学問)」を美学の名に選んだのか

数多くの「〇〇コア」「〇〇エステティック」が生まれた2010年代のインターネット文化の中で、ダーク・アカデミアが独特なのは、対象が服の系統やモチーフではなく「学問」という行為そのものだったことだ。ゴシックは装いの様式を、オピウム系は音楽の美学を軸にしているが、ダーク・アカデミアは「本を読み、考え、議論する」という営み自体を美学の中心に据えている。だからこの潮流には、単なるコーディネートの提案以上に、読むべき本のリストや、勉強法、ノートの取り方まで含めたライフスタイル全体が付随している。

起源|2015年のTumblrと、一冊の小説

「ダーク・アカデミア」という言葉の最初の痕跡は、2015年頃のTumblrに見つかる。当時のユーザーたちは、大学という場そのものをロマンティックに描くタグを付け始めていた。この潮流が遡って結びつけられる原点が、ドナ・タートの小説『シークレット・ヒストリー』(1992年)だ。米国北東部の名門大学で古代ギリシャ語を学ぶ6人の学生たちの、崩れていく関係と精神を描いたこの作品は、ダーク・アカデミアの「原典(urtext)」と呼ばれている。

もう一つの重要な源泉が、ピーター・ウィアー監督の映画『いまを生きる(Dead Poets Society)』(1989年)だ。全寮制の名門校を舞台に、古典文学の価値、権威への反抗、秘密結社、実存的な苦悩と死を描いたこの作品には、ダーク・アカデミアの主要なテーマがほぼすべて先取りされている。19世紀の美学主義・デカダン運動(美と古典教育とボヘミアン的な生き方を称揚した潮流)を、20世紀の学校制服という形で継承した作品と言える。

撮影監督ジョン・シールが手がけた映像は、赭土色や金といった秋の色調を基調にした、絵画的で柔らかな質感を持つ。名門寄宿学校という舞台設定そのものが、登場人物全員に学校の制服を着せることになり、この「制服の統一感」が、のちのダーク・アカデミアのビジュアル文法(チェックのブレザーやタートルネックの反復)に直結している。

2020年、なぜ検索数が跳ね上がったのか

Googleトレンドを見ると、「dark academia」の検索は2020年4月頃から上昇し、同年末に最高値を記録している。この時期は、多くの大学がオンライン授業に切り替わり、学生たちが埃っぽい図書館に座ることも、教授と対面で信頼関係を築くことも、キャンパスへ通うことすらできなくなった、あの息の詰まる時期と正確に重なる。物理的に失われた「学びの場」への渇望が、インターネット上の美意識として結晶したと見るのが最も筋の通った説明だ。

ビジュアルの文法|19世紀ヨーロッパとアメリカン・プレップの合流

ダーク・アカデミアの視覚的な語彙は、大きく二つの源流が合流してできている。一つは19世紀ヨーロッパの上流階級の学問文化(ラテン語、修辞学、古典)。もう一つはアメリカの名門大学に根付くプレップ(アイビー)スタイルだ。チェックのブレザー、タートルネック、ウールコート、革靴。この語彙は、アメリカン・トラッドの象徴を築いてきたブランドの美学とも地続きにある。ただし決定的な違いが一つある。プレップ・スタイルが本来ゴルフ場やヨットクラブといった「明るい社交」の場のために生まれた装いであるのに対し、ダーク・アカデミアはこれを図書館や講義室という「暗く静かな場」に持ち込み、色調を意図的に沈めることで、社交から孤独な探求へと意味を反転させている。同じチェックのジャケットでも、着る場所を変えるだけで物語がまったく違って見える。この読み替えの手つきこそ、ダーク・アカデミアという美学の巧妙さだ。

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色調は、秋の紅葉を思わせる茶・ベージュ・深緑・バーガンディが基調になる。派手さではなく、古びた紙とマホガニーの書架を思わせる沈んだ色彩が、このジャンルの「知性」というイメージを支えている。

ゴシックとの違い|暗さの種類が違う

ダーク・アカデミアは、しばしばゴシックファッションと混同される。両者とも「暗さ」を纏う点は共通するが、暗さの出自が違う。ゴシックは中世建築とヴィクトリア朝の喪、そして80年代のポストパンクという音楽的な反抗の系譜から来ている。一方ダーク・アカデミアは、大学・図書館・古典文学という「学問」の系譜から来ている。前者は死と反抗を、後者は知性と喪失を悼む。同じ茶系・黒系の色調でも、纏う物語がまったく違う。両者の見分け方に迷ったら、レザーと鋲があればゴシック、ツイードと古書があればダーク・アカデミアと考えると、たいてい当たる。判断に迷うような中間的な着こなしも増えているが、その場合はどちらの物語に重心があるかを、本人に聞いてみるのが一番確実だ。

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ダーク・アカデミアのFAQ

Q. 「ライト・アカデミア」もある?
ある。同じ「学問への憧れ」を軸にしながら、色調を明るいクリームやパステルに変え、より柔らかく開放的な雰囲気にした対の美学だ。暗さそのものが目的ではなく、あくまで「学びの美化」が本体であることの証拠として、明るい派生形が自然に生まれたと考えると理解しやすい。

Q. ハリー・ポッターとの関係は?
直接の起源ではないが、寄宿学校・古い建築・魔法という学問的な神秘性を共有するため、ファンコミュニティの間でしばしば並べて語られる。ダーク・アカデミアが持つ「学びへの憧れ」という核心とは、厳密には少し軸が異なる。

Q. 実際の大学生活を美化しすぎているという批判はある?
ある。名門大学の特権的な文化を無批判にロマンティックに描くことへの批判は、この潮流が広がった当初から指摘されてきた。学問への憧れという純粋な部分と、エリート主義への無自覚な憧れという部分が、この美学の中には両方混在している。この潮流を楽しむ人ほど、この批判の存在を知っておいた方がいい。憧れと美化のあいだには、常に誰かを排除する境界線が隠れている。

Q. どこから始めればいい?
無理に古着を集める前に、まず『シークレット・ヒストリー』を読んでみるのがおすすめだ。この美学が本当に大事にしているのは服よりも、古典への敬意と、知ることへの渇望そのものだからだ。読んだ本の余韻がある状態で鏡の前に立つと、同じチェックのジャケットでもまるで違う説得力を持って見えてくるはずだ。服を先に整えるより、頭の中を先に整える方が、この美学には近道になる。

ここだけの話|画面の中でしか手に入らない「本物」

ダーク・アカデミアの奇妙さは、その多くの実践者が、実際には古典を専攻していない、あるいは大学生でもないという事実にある。だがこれを「なりすまし」と切って捨てるのは早計だ。手に入らないものへの憧れを、美意識として誠実に再構築することには、それ自体の価値がある。本物の図書館に通えなくても、古典への敬意そのものは本物であり得る。

Z世代のダークファッションの他の系統(ゴス、オピウム系、テック系)が「時代の暗さを引き取る」ことを目的にしているのに対し、ダーク・アカデミアだけは「時代が奪ったものを取り返す」という、少し違う方向を向いている。暗さの中でも、この一系統だけが未来ではなく過去に、反抗ではなく敬意に、顔を向けている。

この違いを知っておくと、街で見かける黒やダークブラウンの服が、実はまったく別の物語を語っていることに気づけるようになる。同じ暗い色でも、パンクの反抗から来ているのか、喪失への敬意から来ているのか。表面だけを真似た服には出せない、この背景の深さこそが、それぞれの美学を本物にしている。

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まとめ

  • ダーク・アカデミアは2015年頃のTumblrで生まれた美学。ドナ・タートの小説『シークレット・ヒストリー』が「原典」とされる。学問という行為そのものを美学の中心に据える、他の潮流にはない特徴を持つ
  • 1989年の映画『いまを生きる』が、古典文学・権威への反抗・秘密結社というテーマを先取りしていた
  • 2020年、コロナ禍でキャンパスが失われた時期に検索数が急増。「失われた学びの場」への渇望が美学として結晶した
  • ビジュアルは19世紀ヨーロッパの学問文化とアメリカン・プレップの合流。ゴシックとは「暗さの出自」が異なる
  • 他のダークファッションの系統が時代の暗さを引き取るのに対し、ダーク・アカデミアだけは時代が奪ったものを取り返そうとする方向を向いている