TikTokで「opium style」と検索すると、全身黒にシルバーチェーンを下げた若者の動画が延々と流れてくる。震源はラッパーのPlayboi Carti(プレイボイ・カーティ)と、彼が率いるレーベル「Opium」だ。中身を一言で言えば、Rick OwensやBalenciagaのダークな高級服に、70年代パンクとブラックメタルの記号を混ぜた「黒ずくめのロックスター」の装いである。ヴェルヴェットやコルセットの耽美趣味とは別物で、ラップの現場から生まれたモードの翻訳だ。この記事を読み終えると、オピウムファッションがどこから来て、何を着ればそれになるのか、ゴシックと何が違うのかまで説明できるようになる。
オピウムファッションは「ラップの流行」ではなく「モードの密輸ルート」である
オピウムファッションを「ラッパーの私服が流行した」程度に捉えると、本質を見誤る。起きているのは、Rick Owensが20年以上かけて築いてきたアヴァンギャルド(既存の様式を壊す前衛的な)美学が、美術館やモード誌という正規のルートを通らず、ラップレーベルというまったく別の回路から10代・20代前半に流れ込んだという現象だ。オピウムファッションとは、ハイファッションがストリートに降りてくる新しい密輸ルートの名前である。
なぜ2019年、Playboi Cartiは「色」を捨てたのか
2010年代のラッパーの装いはカラフルだった。SupremeやOff-Whiteのロゴ、蛍光色のスニーカー、「ハイプビースト」と呼ばれた派手な着こなしが主流だ。Opiumはその真逆を行く。色をほぼ黒一色に絞り、ロゴを消し、シルエットの極端さだけで語る。
2019年、CartiはレーベルOpium(通称00pium)を設立した。最初に契約したのはKen Carsonで、まもなくDestroy Lonelyが加わる。この時期、Cartiはデザイナーのマシュー・ウィリアムズと組み始めた。当時のウィリアムズはストリートブランド「1017 ALYX 9SM」の創業者で、まだジバンシィのクリエイティブディレクターに就任する前(就任は2020年6月)だった。ここから「ヴァンパイア」のペルソナが形になっていく。
決定打は2020年12月25日発売のアルバム『Whole Lotta Red』だ。ウィリアムズとカニエ・ウェストがエグゼクティブプロデューサーとして名を連ね、収録曲「Vamp Anthem」ではバッハの「トッカータとフーガ ニ短調」(ドラキュラ映画で多用されたことで知られる旋律)をサンプリングするなど、吸血鬼のイメージを前面に出したとされる。ここで「Vamp(ヴァンプ)」と呼ばれる美学が確立し、Opium所属のKen CarsonやDestroy Lonelyがそれを後続世代のユニフォームとして広げていった。
「Vamp」の記号を分解する|色・シルエット・足元で読み解くオピウムスタイル
見た目の派手さに反して、構成要素は意外と少ない。
| 要素 | 定番 | 役割 |
|---|---|---|
| 色 | 黒のほぼ単色(モノクローム) | 装飾ではなく質感とシルエットで語るための土台 |
| シルエット | 肩は大きく、脚は極端に細い対比 | Rick Owens的なプロポーション操作の引用 |
| 足元 | Rick Owensの「Kiss」ブーツ、DRKSHDWのハイカット、Balenciagaのブーツ類 | 全身の「錨」。予算の大半が投じられる部位 |
| アクセサリー | Chrome Heartsのシルバーチェーン・リング、顔を覆うラップサングラス | ロックスター性と匿名性を同時に演出する |
| 参照元 | 70年代パンク、ブラックメタル、初期ゴス | 音楽的な帰属ではなく、記号としての引用にとどまる |
要するにオピウムファッションとは、アヴァンギャルドなダークモードの語彙を、ラップのスターダムを通して若い世代に翻訳したものだ。Rick Owensが時間をかけて作ってきた美学が、Cartiというフィルターを通って一気に「若者が真似できるスタイル」になった。
Destroy Lonelyの「No Stylist」がTikTokに火をつけた
オピウムファッションが一部のラップリスナーの私服から、誰でも真似できる「テンプレート」に変わった転機がある。2022年8月12日、Destroy LonelyがOpium/Interscopeからミックステープ『No Stylist』をリリース。続く楽曲「If Looks Could Kill」がリークの形でTikTokに流出し、7,500万回以上再生される規模で拡散した。この曲でDestroy Lonelyは自らを「ファッション・デーモン」と名乗り、Rick Owensのブーツやvetementsのフーディーといったニッチなアヴァンギャルド古着が、TikTok上で模倣可能な「型」として一気に広まったとされる。
音楽が先にバズり、ファッションがその後を追いかける。この順番こそが、モード誌発のトレンドとの決定的な違いだ。
ゴシック/グランジとの違い|「暗さ」の出どころが違う
見た目は近いが、系譜は別物だ。ゴシックは80年代ポストパンクから続く音楽サブカルチャーで、メンバーシップの文化を持つ。一方オピウムはSNS時代の美学(アエステティック)で、入口はTikTokとPinterestのムードボードだ。「そのコミュニティで生きる」のではなく「そのビジュアルをまとう」ことが参加の条件になる。だからこそ広がりは速く、消費も速い。
グランジとの違いはもっと単純だ。グランジは90年代シアトルのロックシーンから生まれた「無頓着さ」の美学で、古着・チェックシャツ・ダメージ加工が主役になる。オピウムは逆に、ハイブランドを黒で統一する「意図された過剰さ」の美学であり、無頓着に見えて実は計算されたシルエットで成立している。
手を出す前に知っておきたい3つの失敗パターン
オピウムファッションは、ただ黒い服を集めるだけでは成立しない。よくある失敗は次の3つだ。
- シルエットを無視して「量産型」になる: 黒い服を着ただけでは記号として弱い。肩の大きさと脚の細さの対比があって初めて成立する
- 足元をケチる: このスタイルの重心は靴にある。トップスにお金をかけても、足元が軽いと全体が締まらない
- ロゴを主張しすぎる: ロゴレスが前提のスタイルに大きなロゴを足すと、ストリート系の別ジャンルに寄ってしまう
初めて取り入れるなら、Rick Owensの本ラインより価格帯が抑えられたDRKSHDW、あるいは古着のブーツから足元だけ揃えるのが現実的な入口になる。
in the vault=ここだけの話
オピウムファッションを「若者の劣化コピー」と笑うのは簡単だ。本物のRick Owensは一着数十万円、彼らが着ているのは古着や類似品も多い。だが思い出したいのは、ダークモードの側もかつて同じ扱いを受けていたということだ。黒ずくめで奇妙なシルエットの服は、80年代の日本人デザイナーたちも、Owens自身も、最初は主流から嘲笑された。
むしろ注目すべきは経路そのものだ。美術館やモード誌ではなく、ラップのレーベルがアヴァンギャルドの教育機関になった。これは服の歴史でも珍しい出来事で、Chrome HeartsやRick Owensの中古価格の高騰、DRKSHDWの若年層人気は、すべてこの経路が実在することの証明になっている。オピウムは一過性のトレンドかもしれない。だが「ラッパーがモードの入口になる」という構造そのものは、もう元には戻らない。
まとめ
- オピウムファッションはPlayboi Cartiが2019年に設立したレーベル「Opium」発の2020年代スタイル。『Whole Lotta Red』(2020年12月25日発売)で美学が確立した
- 中身はRick Owens・Balenciaga系のダークウェアと、パンク/ブラックメタルの記号の融合。黒のモノクローム、極端なシルエット、重いブーツ、シルバーが記号になる
- 2022年、Destroy Lonelyの「No Stylist」「If Looks Could Kill」がTikTokでバズったことで、ニッチな私服から誰でも真似できるテンプレートに変わった
- ゴシックは音楽サブカルチャー、グランジは無頓着さの美学。オピウムはSNS発の「意図された過剰さ」であり、系譜も速度もまったく別物である