2025年:もっとも驚くべき人事

2025年2月、Keringはバレンシアガのクリエイティブ・ディレクター、デムナ・ヴァザリアのGucci就任を発表した。ファッション界はこのニュースに揺れた。理由は単純だ——デムナほどGucciの従来のイメージと対極にある人物はいない。
Gucciはイタリア的な豊潤さとグラマラスな装飾の歴史を持つ。デムナのバレンシアガは、ゴミ袋バッグ、崩れた靴、タオルソックス——ラグジュアリーの「美しさ」を徹底的に嘲笑し続けた。この二つを組み合わせることを、Keringは選んだ。それが何を意味するか、VAULTは分析する。
デムナとは何者か:バレンシアガでやったこと
デムナ・ヴァザリア(1981年生まれ)はジョージア(グルジア)出身。内戦と難民経験を持ち、アントワープ王立芸術アカデミーで学んだ後、マルタン・マルジェラのアシスタントを務めた。2014年にVETEMENTSを設立し、2015年にバレンシアガのCDに就任した。
バレンシアガでのデムナの10年間を一言で表すなら「ラグジュアリーの概念破壊」だ。DHL配達員のTシャツをラグジュアリーアイテムとして発売し、IKEAのバッグそっくりの青いバッグを$2,000で売り、スーパーマーケットのショッピングバッグを$1,800のレザーバッグに変えた。批判は激しかった。しかしそれらはすべて即座に完売した。
デムナの問いはひとつだった——「なぜこれがラグジュアリーではないのか?」。その問いへの答えを商品で示し続けた。
なぜGucciはデムナを選んだか
表面的には矛盾に見えるこの人事には、Keringの明確な戦略がある。
サバト・デ・サルノの2年間は静かすぎた。ミケーレの過剰さからの振り子として、クリーンでモダンなGucciを目指したデ・サルノのコレクションは話題を生まなかった。ラグジュアリー市場全体が停滞するなか、Gucciは特に苦境に立たされた。Keringは「話題」を必要としていた。
デムナは話題を生む天才だ。バレンシアガでの10年間、彼が手がけたコレクションは一度も「退屈」と評されなかった。批判されても、嘲笑されても、それは無視されるよりはるかにましだ。Gucciにはデムナの「強制的な注目獲得能力」が必要だった。
デムナのGucciが直面する課題
しかしデムナの前には、バレンシアガ時代にはなかった課題がある。
レガシーとの対話——バレンシアガはクリストバル・バレンシアガという巨匠の遺産を持つが、デムナはそれを「参照」するより「対話」の対象として扱った。Gucciにはトムフォードとミケーレという直近の強烈なCDたちの記憶がある。デムナはこれらの記憶とどう向き合うか。
イタリア性の問題——GucciはフィレンツェのDNAを持つブランドだ。バレンシアガのデムナは「バスク地方のクチュリエ」というレガシーを解体することで成功したが、Gucciのイタリア的な物語をどう扱うかは未知数だ。
大きすぎるブランド——バレンシアガとGucciでは規模が異なる。Gucciはそれだけでグローバルファッション消費の大きな部分を占めるブランドだ。デムナの実験的なアプローチが、この規模のブランドのビジネスモデルと共存できるかどうかは未知数だ。
初コレクションへの期待と予測
デムナのGucci初コレクションは2025年秋冬に発表予定だ。業界の期待は高く、そして多様だ。
GucciのGGモノグラムをどう扱うか。バンブーバッグとHorsebitローファーという歴史的アイコンをどう再解釈するか。イタリア・フィレンツェの工房とのコラボレーションはどう機能するか——これらの問いへの答えが、デムナのGucciの最初の評価を決定する。
VAULTの予測はこうだ——デムナはGucciの歴史を「壊す」のではなく、「歪める」。完全な破壊ではなく、Gucciのアイコンを認識可能なまま不安定にする。それがデムナのもっとも得意とする手法であり、それがGucciの顧客層を最もうまく扱う方法だからだ。
VETEMENTSからバレンシアガ、そしてGucci:デムナの軌跡が示す方向
デムナのキャリアを俯瞰すると、一貫した問いが見える——「ラグジュアリーの正当性はどこから来るか?」。VETEMENTSでは「ストリートから」と答え、バレンシアガでは「批評から」と答えた。Gucciでは——おそらく「歴史から」と答えるだろう。
100年以上の歴史を持つGucciのアーカイブは、デムナにとって巨大な素材庫だ。トムフォードのセクシャリティ、ミケーレのマキシマリズム、グッチオの馬具への原点——これらを現代の批評的視点で再解釈することがデムナのアプローチになると、VAULTは読む。



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