2025年、Gucciは新しいアーティスティック・ディレクターにDemna(デムナ)を迎えた。VETEMENTSで業界を挑発し、バレンシアガを10年率いた「アンチ・ファッションの帝王」が、世界最大級のラグジュアリーブランドの舵を取る。就任発表時の業界の反応は、期待より先に戸惑いだった。破壊者に、イタリアの名門の立て直しを任せて大丈夫なのか? その答えの最初の一枚が、2025年9月のデビューコレクション「La Famiglia」である。
なぜデムナだったのか|ミケーレ後の迷走という背景
この人事を理解するには、直前のGucciの状況を知る必要がある。ミケーレ退任(2022年)の後を継いだサバト・デ・サルノは、過剰の反動として「静かな上品さ」へ舵を切ったが、売上の下降を止められず、わずか2年で退任した。過剰でも駄目、静けさでも駄目。この八方塞がりで親会社ケリングが引いた切り札が、グループ内のバレンシアガで10年間、批評と商業の両方を回し続けたデムナだった。
つまりこの起用は「挑発者を呼んだ」のではなく、「ブランドを物語ごと設計できる実務家を呼んだ」と読むのが正確だ。ミームとスニーカーの印象が強いデムナだが、バレンシアガをクチュール再開にまで導いた構築力こそが、Gucciが買った能力である。
ショーをやらないという初手|「La Famiglia」の設計
デムナの初仕事は、ランウェイショーではなかった。2026年春夏コレクション「La Famiglia(ラ・ファミリア=家族)」は、写真家キャサリン・オピーが撮り下ろした「Gucci一族のアルバム」として発表された。37の archetype(人物類型)(それぞれに態度とスタイルを持つ架空の家族たち)が、ポートレートの連作で提示される。
これは奇策ではなく計算である。ショーの一夜より、人物のカタログはSNSで長く回遊する。そして「家族」という主題は、お家騒動の歴史で知られるGucciへの目配せでもある。60年代のグラマー、毛皮、GGモノグラム、ジャッキーバッグ、ホースビットローファー。ブランドの遺産を「登場人物の持ち物」として再登場させる語り口は、デビューとして異例に手堅かった。
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批評の割れ方が示すもの
業界の反応はおおむね好意的だった。「事業を安定させ、物語を更新し、遺産の記号を蘇らせる。課題のすべてに応えた」という評価が主流である。一方で、こんな問いも出た。「これは新しいGucciなのか、それともTom Ford期の洗練されたオマージュなのか」。60年代〜90年代の官能への参照が濃かったぶん、デムナ固有の破壊がどこにあるのかを訝しむ声だ。
この賛否の割れ方自体が、デムナの置かれた状況を正確に映している。バレンシアガでの彼は「壊す人」でよかった。Gucciで求められているのは「稼ぎながら壊す人」である。
デムナという人|戦争から始まったキャリア
デムナは1981年、旧ソ連のジョージア(グルジア)生まれ。少年期に内戦で故郷を追われた難民としての経験を持ち、後年の「オーバーサイズの服」「持てるだけ持つ人」のような表現の源泉として、本人がたびたび言及している。アントワープ王立芸術アカデミーで学び、メゾン マルタン マルジェラなどを経て、2014年に匿名的な集団VETEMENTSを旗揚げ。ラグジュアリーの外側から価格と権威を挑発する手口で一躍時の人となり、2015年にバレンシアガへ迎えられた。
「壊す人」の印象は、この生い立ちを知ると少し変わるはずだ。彼の挑発は貧しさや路上を「ネタ」にしているのではなく、実際にそこから来た人間が、ラグジュアリーの椅子から見た世界への註釈である。Gucciの「家族」という主題に彼が何を見るかが興味深いのは、彼自身が家族と故郷を一度失った人だからだ。
バレンシアガのデムナと、Gucciのデムナ
| 項目 | バレンシアガ期(2015-2025) | Gucci期(2025-) |
|---|---|---|
| 役割 | 挑発者。ミームと皮肉でラグジュアリーの権威を解体 | 再建者。ブランドの遺産を回復しながら売上を立て直す |
| 武器 | オーバーサイズ、アイロニー、スニーカーとフーディ | アーキタイプの物語、60年代グラマー、遺産の記号(GG・ジャッキー・ホースビット) |
| 初手 | ヴェトモン的な「路上」の持ち込み | ショーを捨てたポートレート集「La Famiglia」 |
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in the vault=ここだけの話
デムナのGucci行きを「破壊者の転向」と見るのは、たぶん浅い。彼のキャリアを貫いているのは破壊ではなく、「そのブランドがいま一番言われたくないことを、一番目立つ形で言う」という批評の芸である。権威の塊だったバレンシアガには路上を持ち込み、物語を失いかけたGucciには「家族」(この家が一番こじらせてきた主題)を正面から突きつけた。
だから見るべきは2年後だ。デビューの手堅さは前任者たちも見せた。デムナが本物かどうかは、遺産の在庫が尽きたとき、つまり「Gucciらしさ」の引用が終わって自前の言葉で語り始めたときにわかる。金庫室としては、その瞬間まで判断を保留しておく。
まとめ
- Demnaは2025年にGucciのアーティスティック・ディレクターへ。VETEMENTS→バレンシアガ10年を経ての就任
- デビューは2025年9月の「La Famiglia」(2026年春夏)。ショーではなく、写真家キャサリン・オピーによる37人のアーキタイプのポートレート集として発表された
- 評価は概ね好意的だが、「新しさか、Tom Ford期へのオマージュか」で割れた
- バレンシアガの「壊す人」からGucciの「稼ぎながら壊す人」へ。真価は遺産の引用が尽きた後に問われる