Tom Ford(トム・フォード)がGucciのクリエイティブ・ディレクターに就いたのは1994年。当時のGucciは、お家騒動と乱発ライセンスで倒産寸前のブランドだった。そこから10年後、フォードが去るとき、Gucciグループの評価額は40億ドルを超えていた。セックスと権力を美学に変え、瀕死の老舗を世界最高のブランドに立て直した10年。モード史で「ターンアラウンド」の教科書として語られる時代である。

就任前夜|お家騒動で沈んだ名門と、テキサスから来た男

90年代初頭のGucciは、映画『ハウス・オブ・グッチ』(2021年)で描かれた通りの混乱期にあった。創業家グッチ家の内紛、乱発されたライセンス商品によるブランド価値の希釈、そして1993年には創業家が持株をすべて手放し、一族の経営は終焉。1995年には元社長マウリツィオ・グッチの暗殺事件まで起きる。名門の名前だけが残り、中身は空洞化していた。

トム・フォード自身は、テキサス出身でパーソンズ美術大学に学び、1990年にウィメンズのデザイナーとしてGucci入社。つまり彼は外から招かれた救世主ではなく、沈みかけた船の中で頭角を現した内部昇格者である。1994年、32歳でクリエイティブ・ディレクターに就任した時点で、失うもののないブランドと、証明したいことだらけの若手。最も危険で、最も自由な組み合わせが揃った。

1995年|ベルベットのヒップスターが時代を変えた夜

転機は1995年秋冬コレクションだ。低く腰で穿くベルベットのヒップスターパンツ、胸元まで開けたサテンのシャツ、車の塗装のようなメタリックのブーツ。モデルは濡れた髪で、照明は暗く、音楽は官能的だった。90年代前半を支配していたミニマリズムとグランジの「禁欲」に対し、フォードは欲望をそのまま舞台に上げた

このショーは一夜でGucciを「祖母のブランド」から「夜のブランド」に変えた。マドンナがMTVアワードにGucciで現れ、セレブリティが列をなした。スタイリストのカリーヌ・ロワトフェルドと写真家マリオ・テスティーノを起用した広告キャンペーンは、服より先に「空気」を売った。1995年から96年にかけて、売上は90%増。数字がショックの大きさを物語る。

BrandGucci(グッチ)とは?|1921年フィレンツェから始まる「時代の欲望に正直なブランド」の100年READ MORE

方法の解剖|フォードは何を発明したのか

フォードの発明は、デザインの語彙そのものより「ブランドの運営法」にある。整理すると3つだ。

発明 中身 その後への影響
クリエイティブの一元支配 服・広告・店舗・香水まで、ブランドの見えるものすべてを一人が管理 「クリエイティブ・ディレクター」という職能の完成形。以後の全メゾンの標準に
セックスの高級化 挑発的なイメージを、安売りではなくラグジュアリーの記号として使う 90年代末〜00年代の広告表現の文法を作った
経営との二人三脚 CEOドメニコ・デ・ソーレとの分業。「フォードが欲望を作り、デ・ソーレが金に変える」 デザイナー×経営者のペア経営というモデルケース

とくに3つ目は重要だ。フォードの美学は、デ・ソーレという経営の相棒がいて初めて機能した。1999年にはLVMHによる買収攻勢を、仏PPR(現ケリング)との資本提携で退け、YSLらを傘下に収める「Gucciグループ」へと拡大していく。

2004年|権力の物語は権力で終わる

終わりは皮肉な形で来た。2004年4月、フォードとデ・ソーレはPPR側と経営権を巡って合意に至らず、そろってGucciを去る。ブランドを救った二人が、救うために招き入れた資本によって追われる。フォードが服で描き続けた「セックスと権力」の物語が、最後は現実の権力闘争として完結した格好だ。

フォードはその後、自身の名を冠したブランドを立ち上げ、映画監督(『シングルマン』『ノクターナル・アニマルズ』)としても成功する。一方Gucciはフリーダ・ジャンニーニの時代を経て、2015年からのアレッサンドロ・ミケーレによる「フォードの真逆」の美学で次の黄金期を迎えることになる。

BrandAlessandro Michele期のGucci(2015-2022)|売上3倍、マキシマリズムがラグジュアリーを再定義した8年READ MORE

in the vault=ここだけの話

フォード期のGucciを、いま古着市場で探す人が増えている。理由は単純で、あの時代の官能は、もう新品では作れないからだ。現在のラグジュアリーはSNSの炎上リスクを織り込んで作られる。濡れた髪も、開いた胸元も、挑発的な広告も、2020年代の大手メゾンにはもう出せない表現である。

つまりフォード期のベルベットスーツは、単なるヴィンテージではなく「規制前の欲望」の標本なのだ。時代が清潔になるほど、あの10年の温度は上がっていく。Gucciの100年史の中で、フォードの章だけが今も少し汗ばんでいる。

まとめ

  • Tom Fordは1994年にGucciのクリエイティブ・ディレクター就任。倒産寸前のブランドを10年で評価額40億ドル超のグループに変えた
  • 転機は1995年秋冬。ベルベットのヒップスターとサテンシャツで「欲望のラグジュアリー」を発明し、売上は1年で90%増
  • 発明の本体は服・広告・店舗を一人が支配する「クリエイティブの一元管理」と、CEOデ・ソーレとのペア経営
  • 2004年、経営権を巡る対立でデ・ソーレとともに退任。以後のGucciはミケーレ期の「真逆の美学」へと続く