解散は2012年2月29日、閏日。再生は2020年、それも元日だった。4年に一度しか存在しない日に死に、8年後に生き返ったバンドがある。東京事変は、2004年に椎名林檎を中心として始動した5人組バンドだ。ソロで頂点に立ったシンガーが、あえて「バンドの一員」に降りる。この転身自体が事件だった。活動の節目までも作品のように設計するこのバンドの実像を、編成・音楽・美学の三方向から解説する。
東京事変は「バンド」ではなく「プロの互助会」である
東京事変の最大の特徴は、メンバー全員が単独で食っていける職業音楽家だという点にある。ベースの亀田誠治は日本有数のプロデューサー(スピッツ、いきものがかり等を手がける)。キーボードの伊澤一葉、ギターの浮雲(長岡亮介)、ドラムの刄田綴色も、それぞれ自身のバンドやセッションワークで一級の評価を持つ。
解散期間中の各自の動きが、この構造をよく示している。浮雲は本名の長岡亮介として自身のバンド「ペトロールズ」を続け、星野源らのレコーディングにも呼ばれる売れっ子ギタリストであり続けた。亀田誠治は音楽プロデューサーとして日比谷音楽祭を立ち上げ、刄田綴色も数多くのアーティストのドラムを叩き続けた。バンドが止まっても、誰も職を失わない。
つまり東京事変は「椎名林檎のバックバンド」ではない。各自が本業を持つ専門家たちが、期間と目的を決めて集まる互助会に近い。だから曲作りも椎名の独占ではなく、伊澤や浮雲がコンペのように楽曲を持ち寄る。ソロの椎名林檎が「作家の音楽」なら、東京事変は「合議の音楽」である。
二つの時代|第一期と第二期
結成時(2004年、アルバム『教育』)のギターはヒラマミキオ、キーボードはヒイズミマサユ機だった。2005年に両名が脱退し、浮雲と伊澤一葉が加入して以降が、世間のイメージする東京事変(第二期)である。
| アルバム | 年 | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| 教育 | 2004 | 第一期。「群青日和」の疾走。ソロの延長と新バンドの緊張が同居 |
| 大人(アダルト) | 2006 | 第二期の始まり。ジャズとソウルの語彙が流れ込む |
| 娯楽(バラエティ) | 2007 | 椎名が作詞に回り、作曲をメンバーに開放した実験作 |
| スポーツ | 2010 | 「能動的三分間」。技巧と大衆性の均衡点 |
| 大発見 | 2011 | 解散前夜の充実。バンドの筋肉が最も鳴った作品 |
| 音楽 | 2021 | 再生後第一作。全員が50歳前後を迎えた「大人の続編」 |
Music椎名林檎とは?|「破壊者」の正体は様式の設計者——三幕で読む四半世紀と『禁じ手』の現在地READ MORE
入口になる5曲|「群青日和」から「能動的三分間」まで
はじめて聴くなら、時代の違う5曲を並べるのが早い。第一期の衝動なら「群青日和」(2004年、疾走する東京の車窓)。第二期の職人性なら「修羅場」(2005年、歌謡曲とバンドサウンドの結婚)と「キラーチューン」(2007年、伊澤一葉作曲の華やぎ)。バンドの技巧が大衆性と完全に噛み合った「能動的三分間」(2009年、本当に3分00秒で終わる設計)、そして解散前夜の「閃光少女」。この5曲で、東京事変という互助会の「合議が生む多様さ」がだいたい掴める。
ちなみに最終公演のタイトルは「Bon Voyage(ボン・ヴォヤージュ=良い旅を)」。悲壮感ゼロの、船出の挨拶で幕を引いた。
閏日の美学|終わり方まで作品にする
2012年1月、バンドは突然解散を発表し、翌月の2012年2月29日、日本武道館で最終公演を行った。傷も不和もない、絶頂での計画的な終幕。そして8年後の2020年元日、「再生」を宣言して戻ってくる。閏日に消えたバンドが、閏年に帰ってくる。カレンダーそのものを演出装置にしたバンドは、世界でもそう多くない。
再生直後の2020年2月29日の公演は、コロナ禍の入口という最悪のタイミングと重なり、開催の判断を巡って賛否を呼んだ。図らずもこの一件は、「事変」という名を持つバンドが常に時代のニュースと併走してしまう体質を示すことになった。
現在地|バンドは休眠、個は稼働
再生後は『音楽』(2021)とツアーを経て、近年はメンバー各自の本業が中心だ。2026年は椎名林檎のソロが動いている年で、3月にニューアルバム『禁じ手』がリリースされ、全国ツアーが巡回中。東京事変は「解散しないが常設でもない」という独特の待機状態にある。閏年のたびに何かが起きてきたバンドである。次の閏年、2028年は覚えておいていい。
Musicing Gnu(キングヌー)とは?|常田大希率いる”トーキョー・ニュー・ミクスチャー”のすべてREAD MORE
in the vault=ここだけの話
東京事変の本当の発明は、音楽より「バンドの寿命の設計」にある。日本のバンドは、売れなくなるまで続けるか、不和で壊れるかの二択になりがちだ。東京事変は第三の道を作った。全員が本業を持ち、集まる理由があるときだけ集まり、終わるときは日付を選んで美しく終わる。
だから解散も再生も、悲劇や商魂ではなく「運用」なのだ。バンドを永続する共同体ではなく、更新可能なプロジェクトとして扱う。King Gnuやmillennium paradeのような後続世代の「集団プロジェクト」的なバンド観は、東京事変が敷いた線路の上にある。
まとめ
- 東京事変は2004年始動。全員が単独で一線級の「プロの互助会」であり、椎名林檎のバックバンドではない
- 2005年に浮雲・伊澤一葉が加入した第二期が黄金期。作曲をメンバーに開放し「合議の音楽」を確立した
- 2012年2月29日の閏日に武道館で計画的に解散し、2020年元日に再生。節目の日付まで演出するバンドである
- 現在は常設ではない待機状態。2026年は椎名林檎ソロ(『禁じ手』)が稼働中。次の閏年2028年に注目