「1017 ALYX 9SM(アリクス)」というブランド名を、はじめて目にした人は戸惑うかもしれない。数字、アルファベット、また数字。暗号のように見えるこの名前は、しかし、すべてに意味がある。創業者マシュー・M・ウィリアムズという一人の人物の、誕生日と、娘の名前と、出発点の住所が、そのまま刻まれているのだ。
ローラーコースターの安全バーから着想を得たという、あの無骨な金属バックル。それを知る人は、このブランドの本質に半分は触れている。残りの半分は、ウィリアムズという作り手が歩んできた道筋のなかにある。本稿では、事実を一つずつ確かめながら、1017 ALYX 9SMという存在を静かに解きほどいていきたい。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ブランド名 | 1017 ALYX 9SM(アリクス) |
| 設立 | 2015年(当初は「ALYX」名義) |
| 創業者 | マシュー・M・ウィリアムズ(Matthew M. Williams、1985年10月17日生/米イリノイ州エヴァンストン出身) |
| 名前の由来 | 「1017」=ウィリアムズの誕生日(10月17日)/「ALYX」=長女の名前/「9SM」=創業時のスタジオ住所(ニューヨーク、セント・マークス・プレイス) |
| 象徴 | ローラーコースターの安全バーに着想を得たバックル(インダストリアル金具) |
| デザインの核 | 機能性と工業的ディテールを、ラグジュアリーの水準で昇華すること |
| 主なコラボ | Nike(エア フォース 1 ほか)/Dior(2019年春夏アクセサリー)/Moncler(6 Moncler/Genius)/Mackintosh/Audemars Piguet など |
| 創業者の兼任歴 | 2020年6月〜2024年初頭、ジバンシィ(Givenchy)のクリエイティブ・ディレクターを兼任(その後退任) |
創業者マシュー・M・ウィリアムズという人
1017 ALYX 9SMを語ることは、ほとんどマシュー・M・ウィリアムズという人物を語ることに等しい。
ウィリアムズは1985年、米イリノイ州エヴァンストンに生まれた。正規のファッション教育を受けたデザイナーではない。キャリアの出発点は、音楽とビジュアルの現場である。レディー・ガガのクリエイティブ・ワークに関わり、カニエ・ウェストらとも近い距離で仕事をした。スクールではなく、ストリートとカルチャーの最前線が、彼の学校だった。
そうした経歴は、このブランドの体質をそのまま規定している。アカデミックな様式の継承ではなく、現実の身体と機能から出発するものづくり。1017 ALYX 9SMの服が、どこか「装備」のように見えるのは、偶然ではない。
ブランド名の謎を解く
「1017 ALYX 9SM」という、一見不可解な並びには、すべて理由がある。
- 1017 ── ウィリアムズの誕生日、10月17日。
- ALYX ── 彼の長女の名前。ブランドは2015年、この「ALYX」という名前で立ち上げられた。
- 9SM ── 創業時のスタジオがあった、ニューヨークのセント・マークス・プレイス(Saint Mark’s Place)の住所に由来する。
つまりブランド名そのものが、極めて私的な記録なのである。誕生日、家族、出発した場所。マーケティングのために設計された記号ではなく、作り手の人生のメモのような名前。この個人性こそが、1017 ALYX 9SMの出発点に流れる温度だと言っていい。

象徴としてのバックル
1017 ALYX 9SMを一目で識別させるもの。それが、あの金属バックルである。
このバックルは、遊園地のローラーコースターの安全バー(セーフティ・ロック)に着想を得たと伝えられている。来園者を座席に固定し、そして解放する、あの機構。安全と拘束、保護と解放が、ひとつの金具のなかに同居している。
ベルトに、バッグのストラップに、ネックレスに。このインダストリアルな留め具は、本来なら隠されるべき「機能」を、あえて表に引き出し、装飾の中心に据えた。ここに1017 ALYX 9SMの思想が凝縮されている。すなわち、機能を美に変えるという態度である。
Givenchy(ジバンシィ)での三年半
1017 ALYX 9SMを理解するうえで欠かせないのが、ウィリアムズがたどった「もう一つのキャリア」である。
2020年6月、ウィリアムズはフランスの名門メゾン、ジバンシィ(Givenchy)のクリエイティブ・ディレクターに就任した。自身のブランドを率いながら、パリのオートクチュールの伝統を背負う立場を兼任したのである。ストリート由来の作り手が、歴史あるラグジュアリーハウスの舵を取る。それは、彼の出自とパリの伝統が交差する、象徴的な人事だった。
ジバンシィでの在任は2024年初頭まで続いた。退任後、ウィリアムズは自身の1017 ALYX 9SMへと軸足を戻している。近年は香港の実業家エイドリアン・チェンからの出資を受け、レディースの強化やパリへの拠点移行など、新たな戦略のもとでブランドを再構築しつつある。

VAULTが見る1017 ALYX 9SMの本質
1017 ALYX 9SMの本質は、「機能を隠さない」という一点に尽きる、とVAULTは見る。
多くのラグジュアリーは、機能を美しく覆い隠すことで価値を演出してきた。縫い目を消し、金具を上品に沈め、構造を見せないことが洗練だとされた。1017 ALYX 9SMは、その作法を逆さにした。ローラーコースターの安全バーという、最も即物的な機構を、堂々とブランドの顔に据えたのである。隠すのではなく、掲げる。覆うのではなく、剥き出しにする。
そこにあるのは、出自への誠実さだ。スクールではなくカルチャーの現場で育ったウィリアムズにとって、服とは身体を扱うための「装備」であり、装備に必要なのは正直な機能である。バックルが象徴するのは、安全と拘束、保護と解放という、人間の生の両義性そのものでもある。
2010年代に「ラグジュアリーとストリートの融合」を口にしたブランドは数多い。だが多くが意匠の借用に留まったなかで、1017 ALYX 9SMはものづくりの思想のレベルでそれを成した。だからこそ、流行が去った後も、このブランドは静かに残っている。バックルは流行ではなく、態度なのである。
代表アイテムとコラボレーション
シグネチャー・バックル類
ベルト、ネックレス、ストラップに用いられる金属バックルは、ブランドを象徴する存在。インダストリアルな質感そのものが、デザインの主役となる。
ハーネス/テクニカルなアウター
身体に沿う構造物としての服。ミリタリーやワークウェアの機能を、ラグジュアリーの素材と仕立てで再構成する。
Nike(ナイキ)
エア フォース 1 をはじめとするスニーカーで協業。スポーツの機能性とブランドの工業美が交わった代表的コラボ。
Dior(ディオール)
キム・ジョーンズ体制下、2019年春夏コレクションのアクセサリーを手がけた。ユーティリティ・バックルがメゾンの舞台に持ち込まれた事例。
Moncler(モンクレール)
「6 Moncler 1017 ALYX 9SM」として、Moncler Geniusの枠組みで協業。アウターウェアの機能性とブランドの哲学が交差した。
Mackintosh/Audemars Piguet ほか
英国の老舗レインウェア、スイスの高級時計など、各分野の専門性をもつブランドと横断的に協業してきた。
よくある質問(FAQ)
Q1. ブランド名はなんと読む?
A. 「アリクス(ALYX)」と読むのが一般的である。正式名称は「1017 ALYX 9SM」だが、会話のなかでは「アリクス」と呼ばれることが多い。
Q2. どこの国のブランド?
A. 創業者マシュー・M・ウィリアムズは米国出身で、ブランドも2015年に立ち上げられた。近年は活動の拠点をパリへと移しつつある。
Q3. ローラーコースターのバックルって何のこと?
A. 遊園地のジェットコースターの安全バー(セーフティ・ロック)に着想を得た金属バックルのことである。ベルトやアクセサリーに用いられ、ブランドの象徴となっている。
Q4. 創業者は他のブランドも手がけていた?
A. はい。マシュー・M・ウィリアムズは2020年6月から2024年初頭まで、フランスの名門ジバンシィ(Givenchy)のクリエイティブ・ディレクターを兼任していた。退任後は自身の1017 ALYX 9SMに専念している。
まとめ
1017 ALYX 9SMは、誕生日と、娘の名前と、一つの住所からはじまった、極めて私的なブランドである。そして、ローラーコースターの安全バーという最も即物的な機構を掲げることで、ラグジュアリーの常識を静かに裏返した。
機能を隠さず、装備として服を考える。その姿勢は、創業者がスクールではなくカルチャーの現場で育ったことと、分かちがたく結びついている。流行としてのストリートが退いた後も、このブランドが残り続ける理由は、そこにある。バックルは、流行ではなく態度なのだ。




