鞣し(なめし)とは、動物の「皮」を、腐らない「革」に作り変える工程のことである。

この一文には、見落とされがちな事実が含まれている。動物から剥いだばかりの皮は、放っておけば腐る。そして乾けばカチカチに硬くなる。そのままでは製品にならない。腐らず、硬くならず、しなやかさを保つ素材に変える。その変換作業こそが鞣しであり、鞣して初めて「皮」は「革」という字に変わる。

財布やジャケットの説明に出てくる「タンニン鞣し」「クロム鞣し」という言葉も、この工程のどちらを選んだかを指している。今回は、革が革になるまでの道のりをVAULTより貴方へ伝授する。

鞣しとは何か|コラーゲンの繊維をつなぎ留める作業

皮の主成分はコラーゲンである。

生のままのコラーゲン繊維は、水分が抜ければ縮んで硬くなり、放っておけば微生物に分解されて腐る。そこで鞣し剤を使い、コラーゲンの繊維同士に新しい結合をつくって、つなぎ留める。この「橋架け」によって、皮は耐熱性と耐腐敗性、そして柔軟性を手に入れる。

つまり鞣しとは、素材の性質そのものを書き換える工程である。染めたり磨いたりといった表面の加工とは、次元が違う。

皮が革になるまでの工程

「原皮から革になるまでの工程と、タンニン鞣しとクロム鞣しの違いを示したフロー図」

実際の流れを追っていくと、鞣しの前後にいくつもの下準備があることがわかる。

工程何をするか
原皮動物から剥いだ皮。塩漬けなどで保存されて工場に届く
水戻し・石灰漬け石灰乳のアルカリで皮を膨らませ、コラーゲン繊維をほぐして毛を外す
脱灰・酵解タンパク分解酵素で不要なタンパク質を除き、表面をなめらかにする
鞣し鞣し剤を浸透させる。ここで皮は革になる
加脂・乾燥油を入れてしなやかさを与え、乾かす
仕上げ色をつけ、表面を整える

石灰漬けの段階で皮は一時的に大きく膨らむため、裏側の繊維を削る工程も入る。削られた繊維は捨てられるわけではなく、コラーゲンやゼラチンの原料として再利用される。

革は、一頭の皮から無駄なく取り切るように作られている。 工程表を眺めていると、そのことがよくわかる。

タンニン鞣しとクロム鞣し|時間の使い方が正反対である

鞣しの方法は大きく2つある。どちらを選ぶかで、革の性格はまるで変わる。

タンニン鞣しクロム鞣し
使うもの植物から採ったタンニン塩基性硫酸クロム(三価)
方法濃度の違う槽に、薄い順に漬けていくドラムに入れて回し、一気に浸透させる
期間数か月〜(長いものは1年以上とも)1日〜数日
コスト高い安い
仕上がり硬め。使うほど色が深くなる柔らかい。水や熱に強く、発色が良い

タンニン鞣しは古代エジプトの時代から行われてきたとされる、最も古い方法である。興味深いのは漬け方で、いきなり濃い液に入れない。濃い液に漬けると表面だけで反応が止まってしまうため、薄い槽から順に、少しずつ濃度を上げていく。中心部まで均一にタンニンを届けるには、それだけの時間が要る。

クロム鞣しは、ドラムで回しながらクロム化合物を浸透させる。1日程度で革になるため、大量の需要に応えられる。現在流通している革の多くはこちらである。

そして実際の製品では、両方を組み合わせた「コンビネーション鞣し」も多い。クロムの発色の良さとタンニンの経年変化、その両方を一つの革に持たせることができるためだ。

なぜタンニン鞣しは「育つ」のか

革が好きな人が「経年変化を楽しむ」と言う時、その多くはタンニン鞣しの革を指している。

理由は鞣し剤そのものにある。植物由来のタンニンは、光や空気、手の脂に反応して色を変えていく。使い込むほど色が深くなるのは、革の中に残ったタンニンが変化し続けているからだ。一方クロム鞣しは化学的に安定しているため、最初の色と風合いを長く保つ。

どちらが優れているという話ではない。変わっていくことに価値を置くか、変わらないことに価値を置くか、という選択である。

  • 経年変化を楽しみたい → タンニン鞣し。ただし硬く、水に弱く、手入れが要る
  • 手入れを減らして実用的に使いたい → クロム鞣し。柔らかく水に強い

なお、匂いや断面の色で見分ける方法が語られることもあるが、コンビネーション鞣しの革も多いため、見た目だけで確実に判別するのは難しい。確認したいなら、製品の表示やブランドの説明に当たるのが確実である。

よくある質問

Q. 「本革」と書いてあれば、鞣しの種類はわかるのか?
A. わからない。「本革」は合成皮革でないことを示すだけで、鞣しの方法までは示していない。知りたければ商品説明やブランドに確認する必要がある。

Q. タンニン鞣しの革が水に弱いのはなぜか?
A. 水分がタンニンを動かし、シミや色ムラになりやすいためである。濡れたらすぐに拭き、陰干しで自然に乾かすこと。ドライヤーなどの熱は避ける。

Q. ヌメ革とは何か?
A. タンニン鞣しをした後、塗装などの仕上げをほとんどしていない革を指すことが多い。素の状態に近いため経年変化が出やすく、同時に水やキズにも弱い。

Q. 鞣しの期間が長いと、革は良くなるのか?
A. 時間をかけるほど丁寧に鞣されるという面はあるが、期間の長さがそのまま品質を意味するわけではない。用途に合っているかが基準になる。

in the vault=ここだけの話

鞣しの工程表を眺めていると、ひとつの事実に行き当たる。この技術は、人類が「腐敗」に勝った最初期の記録のひとつだということだ。

食べ物を保存する技術と同じく、皮を保存する技術も、文明が始まってすぐに必要とされた。古代エジプトの時代からタンニン鞣しが行われていたとされるのは偶然ではない。狩った動物の皮を腐らせずに使い続ける方法を見つけることは、生きるために直結する課題だったはずだ。

そして面白いのは、数千年を経た現在でも、その最も古い方法が「高級」として残っていることである。1日で終わるクロム鞣しが発明され、流通の大半を占めるようになってなお、数か月かけるタンニン鞣しは消えなかった。速くて安い方法に置き換えられず生き残ったのは、タンニン鞣しにしか出せない「変わっていく」という性質があったからだ。

貴方が手にしている革の財布が色を深めていくのは、数千年前の技術が今も働き続けているということでもある。経年変化とは、その革がどの方法で作られたかの、最も正直な証言である。

まとめ

  • 鞣しとは、腐って硬くなる「皮」を、腐らずしなやかな「革」に変える工程。鞣し剤がコラーゲンの繊維をつなぎ留めることで成立する
  • 工程は「原皮 → 水戻し・石灰漬け → 脱灰・酵解 → 鞣し → 加脂・乾燥 → 仕上げ」。鞣しの前後に多くの下準備がある
  • タンニン鞣しは数か月かけて薄い槽から順に漬ける古い方法。硬めだが使うほど色が深くなる
  • クロム鞣しは1日〜数日で仕上がる方法。柔らかく水や熱に強いが、経年変化は穏やか。両方を組み合わせたコンビネーション鞣しも多い