ドーバー ストリート マーケットの棚や、モードに詳しい人のワードローブで、いつも並んで語られる二つの名前がある。Kiko Kostadinov(キコ・コスタディノフ)とSong for the Mute(ソング・フォー・ザ・ミュート)。この二つは同じデザイナーが作ったブランドではない。ブルガリア出身の一人の男が率いるレーベルと、シドニーで育った幼馴染二人が作るレーベル。まったく別の出自を持つ二つが、なぜセットで語られるようになったのか。次の世代のアヴァンギャルドを知るための、新規開拓の一本としてまとめておきたい。

二つは「同じ作者」ではなく「同じ温度」を共有している

Kiko KostadinovとSong for the Muteに共通するのは、作者ではなく態度だ。派手なロゴも、わかりやすいストリートの記号もない。生地の質感とパターンの精度だけで語る、静かで、しかし妥協のない仕事。この「同じ温度」ゆえに、セレクトショップの棚では自然に隣り合わせに置かれ、同じ客層に見つけられていく。名前が並ぶのは偶然ではなく、両者が同じ空気を選び取った結果である。

「新規開拓」という柱について

このサイトの記事の多くは、すでに数十年の歴史を持つブランドを扱っている。だが読者の関心は、常に「次に来るもの」にも向いている。Kiko KostadinovとSong for the Muteは、まだ日本語での解説記事が少なく、かつ既存のモード・ストリートの両方の読者から静かに支持されている点で、この「次」を語るのに最も適した二枠だと考えている。

Kiko Kostadinov|プロヴディフ近郊からロンドンへ

キコ・コスタディノフは1989年、ブルガリア・プロヴディフ近郊の小さな町に生まれ、10代でロンドンに移った。18歳のとき、デザイナーのアイター・スロップのもとで1年間のインターンを経験し、その後セントラル・セント・マーチンズでファッションデザインの学士号を取得(2011年)。2016年にはメンズウェアの修士課程を卒業し、その直後、英国ファッション協議会の新人支援プログラム「NewGen Men」をメンズデザイナーとして初めて受賞する。この経歴だけでも、彼が「型」から外れた場所で評価を積み上げてきたことがわかる。

コスタディノフの服は、既存の実用着(作業着、軍服、スポーツウェア)のパターンを分解し、独自の比率で再構築するアプローチで知られる。派手な装飾ではなく、パターンの取り方そのものに実験を仕込む。この手つきは、セントラル・セント・マーチンズ出身の作り手に共通する、パターン工学への異様な精度への信頼を映している。

2018年、レディースラインを新設し、双子デザイナーのローラ&ディアナ・ファニング姉妹がその指揮を任された。一人のデザイナーが自分の名前のブランドに、別の才能を招き入れて共同運営させる。この構造自体が、川久保玲が弟子に名前を与えた系譜(Junya WatanabeやNOIR KEI NINOMIYA)とも重なる、才能の託し方の一つの型になっている。

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Song for the Mute|シドニーの幼馴染が育てた生地への偏愛

一方Song for the Muteは、2010年、オーストラリア・シドニーで、幼馴染だったメルヴィン・タナヤ(経営)とライナ・タイ(デザイン)の二人が立ち上げたレーベルだ。当初はメンズウェアのみでスタートし、2015年にウィメンズラインを追加している。

このブランドを特徴づけるのは、生地そのものへの偏愛だ。イタリアや日本の職人的な工房と協業し、素材の開発・試作・選定に膨大な時間をかけてから、ようやくパターンに起こす。派手な見た目のためではなく、着る人だけが触れてわかる質感のために存在する服。この生地至上主義は、Kiko Kostadinovの精度への執着と、根っこの部分で共鳴している。

Song for the Muteという名前自体も、この静かな態度をよく表している。「声を持たない者のための歌」。派手な主張やロゴでブランドの存在を叫ぶのではなく、着る人だけが気づく質感で語る。ブランド名に込められたこの矜持は、二人が10年以上ぶれずに守り続けてきた姿勢そのものだ。

両者の作り方には対照的な部分もある。コスタディノフはパターンという「構造」から発想し、Song for the Muteは生地という「表面」から発想する。入口が違うのに、辿り着く先の静かな強度が同じになる。この収束の仕方こそ、二つを並べて読む価値を生んでいる。

両者を繋ぐもの|adidasという共通の実験場

この二つのレーベルが並んで語られる理由の一つに、adidasという共通のパートナーの存在がある。Song for the Muteは2019年頃からadidas Originalsとの協業を積み重ね、チャプター形式で継続的にコレクションを発表してきた。次世代のアヴァンギャルド・デザイナーたちが、同じ大手スポーツブランドという実験場を共有し、それぞれ異なる解釈を持ち込む。この構図は、Y-3やRaf Simons × adidasの系譜とも地続きだ。実験の相手が同じでも、答えの出し方が違う。その違いを見比べることが、このジャンルを読む一番の楽しみになる。

adidasという大企業の側にとっても、この構図は理にかなっている。一つの巨大なアーカイブと生産体制を、複数の異なる感性に開放することで、同じ「Samba」や「SPZL」のような型番から、まったく違う何着もの答えが生まれる。次世代のデザイナーを試す実験場として、adidasのようなプラットフォームが機能しているという事実自体が、いまのモード業界の一つの縮図になっている。

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Kiko Kostadinov/Song for the MuteのFAQ

Q. 本当に無関係なブランド?
経営・資本の面では無関係な、それぞれ独立したレーベルだ。ただしファッション業界内での評価の文脈(セントラル・セント・マーチンズ以後の新世代、生地への偏愛、DSMのような同じ売り場での評価)は共有しており、「次のアヴァンギャルド」を語るときにセットで名前が挙がることが多い。

Q. どちらから入るべき?
シルエットの構築性に興味があるならKiko Kostadinov、生地の質感や職人の手仕事に惹かれるならSong for the Muteが入口として向いている。両方を一度に体感したいなら、adidasとのコラボアイテムを2着並べて手に取ってみるのが一番早い。どちらもadidasとのコラボアイテムは、本ラインより価格・サイズ感の面で手を出しやすい入門編になる。

Q. なぜ「新規開拓枠」として今紹介する意味がある?
既存の巨大ブランド(コムデギャルソン、マルジェラ等)の解説がひと通り揃った今、次にVAULTの読者が知りたくなるのは「次の世代の誰が来るか」という視点だ。この二つは、その問いに対する現時点で最も具体的な答えの一つになっている。10年後に「あの頃から知っていた」と言えるかどうかは、いま名前を覚えておくかどうかで決まる。

ここだけの話|「並んで語られる」ことの価値

ファッションの世界では、一人の巨匠を軸に語る記事が圧倒的に多い。だがこの二つの並びは、個人の物語ではなく、時代が求める「態度」の物語として読むほうが正確だ。ブルガリアからロンドンへ渡った一人と、シドニーで育った幼馴染二人。出自も規模もまったく違う二つが、同じ静かな精度を選び取り、結果として同じ場所(同じ売り場、同じadidasという実験場)に辿り着いた。

これは、優れた仕事のやり方が、地理や出自を問わず収束していくことの証明でもある。次にDover Street Marketのような場所を歩くとき、この二つの名前が隣り合っているのを見つけたら、それは偶然ではなく、時代の選別の結果だと思ってほしい。ブルガリアの小さな町とシドニーの郊外、地図の上ではまったく遠い二つの出発点が、同じ棚の上で静かに再会している。この距離感こそ、いまのファッションが本当に地球規模で動いていることの、一番具体的な手触りだ。国境も出自も関係なく、同じ精度を選んだ者同士が同じ場所に集まる。それこそが、この時代のモードが実際に進んでいる方向なのだと思う。

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まとめ

  • Kiko KostadinovとSong for the Muteは同一創業者による姉妹ブランドではなく、それぞれ独立した別のレーベルである
  • Kiko Kostadinovは1989年ブルガリア生まれ。セントラル・セント・マーチンズ卒、2016年に英国新人賞をメンズ初受賞。2018年にファニング姉妹とレディースラインを開始した
  • Song for the Muteは2010年、シドニーの幼馴染メルヴィン・タナヤとライナ・タイが設立。イタリア・日本の工房と協業する生地至上主義が特徴
  • 両者はadidasという共通の実験場でコラボを重ねており、Y-3やRaf Simons×adidasと同じ系譜の一部として読める。同じ素材から違う答えを出す、次世代らしい実験のあり方だ
  • 二つが並んで語られるのは、個人の物語ではなく「次世代が選び取った同じ態度」という時代の物語である。名前を早く覚えておく価値のある二枠だ