ISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)とは
テクノロジーとファッションを融合したブランド日本を代表するファッションブランドの一つが「ISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)」である。
1970年にデザイナー三宅一生の思想を基盤にしたグローバルブランドであるこのブランドは、
といった要素を革新的に進化させることで世界のファッションに大きな影響を与えた。布と身体、テクノロジーとクラフトをつなぐ独自の服作りで知られ、プレタポルテ、バッグ、フレグランスなど多彩なラインを展開している。
特に有名なのがプリーツ加工を用いた服作りであり、その技術は現在でもブランドを象徴する要素となっている。
ISSEI MIYAKEのテクノロジーはブランドの中に収まりきらず、昨今展開される様々なブランドやアイテムにも「偉大なインスパイアの源」として今もその根を伸ばしている。
略歴
| 1970年 | 三宅一生が三宅デザイン事務所(ISSEY MIYAKE)を設立。 |
| 1971年 | ニューヨークコレクションでデビュー。 |
| 1973年 | パリコレクション参加。東洋と西洋の感覚を融合させたコンセプトで国際的な評価を獲得。 |
| 1993年 | PLEATS PLEASE誕生。 |
| 2000年 | BAO BAO ISSEY MIYAKE発表。 |
| 2010年 | 132 5. ISSEY MIYAKE開始 |
| 2022年 | デザイナー三宅一生、癌との闘病の末に逝去。 |
三宅一生は「森英恵」(ハナエモリ)に次ぐ二人目のNYコレクションへの進出を遂げた日本人デザイナーである。
パリコレクションに至っては「高田賢三」(JUNGLE JAP⇨KENZO)とともに初の日本人デザイナーとしてその名を世界に知らしめた。
創業者の逝去後も、複数のクリエイティブチームがブランドを継承し、パリコレや各国でのショー、コラボレーションプロジェクト、フレグランスやバッグの新作などを通じて世界展開を続けている。近年はHOMME PLISSÉのノマディックなショー形式や、BAO BAOのグローバル出店など、新たな形でブランドの世界観を広げている。
ISSEY MIYAKE in Brief(English Summary)
Issey Miyake is one of Japan’s most influential fashion brands, founded by designer Issey Miyake in 1970.
The brand is globally recognized for its innovative use of technology and fabric, especially the development of pleated garments.
Through lines such as PLEATS PLEASE and BAO BAO, Issey Miyake continues to explore the relationship between clothing, movement, and modern technology.
デザイナー 三宅一生
1938年広島生まれ。広島の原爆を経験した幼少期が、彼の「平和と創造」への思想形成に大きく影響を与えた。多摩美術大学を卒業後、パリのファッション学校で学ぶ。Guy LarocheやHubert de Givenchyの助手を務め、ニューヨークではGeoffrey Beeneのもとで経験を積み、1970年に自身のブランド「ISSEY MIYAKE」を設立した。
彼のデザインの特徴は服作りにテクノロジーを取り入れることである。素材研究と革新的な構造理論で知られ、「一枚の布(A Piece of Cloth)」という理念を通じて衣服と身体の関係を再定義した。
世界的に名高い「Pleats Please」や「BAO BAO」シリーズを生み出し、アジアのデザインを世界舞台に押し上げた先駆者である。
ファッションを単なる衣服ではなく、工業デザインと芸術の融合として捉えていた。
三宅一生は「布の魔術師」と称され、伝統とテクノロジーを融合したデザインで世界のモード史に新章を開いた。
ISSEY MIYAKEの特徴
ISSEY MIYAKEを語る上で欠かせないのがプリーツ加工の技術である。通常のプリーツは布を先に加工してから服を作る。
しかしISSEY MIYAKEは服を作った後にプリーツ加工をするという独自技術を開発した。これにより
という新しい服が誕生した。この技術は後にブランドの象徴となる。
ISSEY MIYAKEの主なライン
ISSEY MIYAKEは複数のブランドラインで構成されている。
「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE(プリーツ・プリーズ イッセイ ミヤケ)」
1994年春夏コレクションから独立したファッションライン。独自の「縫製後プリーツ加工」技術(ガーメントプリーツ)を用いた衣服で知られ、機能性とアート性を融合した日常着を提案する。
「PLEATS PLEASE」の中核となるのは、布を通常の2〜3倍の大きさで縫い上げた後、熱と圧力でプリーツを固定する革新的製法。この工程により、形状が長持ちし、身体の動きに合わせて自然に伸縮する立体的なシルエットが生まれる。日常生活のあらゆる場面で快適に着用できる汎用性を持ちながらも、動きに呼応して表情を変えるアート的要素を兼ね備えている。つまりは、軽量で伸縮性があり、日常生活でも着やすい服として世界中で人気を持つ。
このブランドの世界観は香水ラインにも広がり、2012年に発表された「Pleats Please Eau de Toilette」を皮切りに、後続の「Pleats Please L’Eau」などが登場。いずれもブランドのテーマである「軽やかさ」と「歓び」を香りで表現している。
BAO BAO ISSEY MIYAKE(バオ バオ イッセイ ミヤケ)
2000年に誕生したファッションライン。幾何学的なピースを組み合わせた構築的デザインと柔軟な素材使いで知られる。
BAO BAOの代表作は、三角形のピースをメッシュ地に配したバッグシリーズ。動かすと形が自在に変化しするため、幾何学的な美しさと機能性を両立したアイテムとミニマルでモダンなデザインが都市生活者を中心に支持を集めている。折り紙的な発想を取り入れ、構造そのものがデザインとなる点が特徴的である。
A-POC(エイ・ポック、A Piece of Cloth)
デザイナーの三宅一生とクリエイター藤原大によって1998年に始動したイッセイミヤケのコンセプトライン。コンピュータ制御によるニッティング技術で、1枚の布から服を生み出す革新的なプロジェクトとして知られる。
布の段階で服の形をプログラミングし、専用の編機で1枚の筒状ニットとして出力する。着用者はその布を自らカットして必要な部分だけ切り取って仕上げることも可能で、量産と個性、デザインとテクノロジーを結びつけた試みとして高く評価された。
このプロセスは廃棄を減らし、環境負荷を抑える持続可能なものづくりの先駆とされる。
2000年代にはニューヨーク近代美術館(MoMA)など世界の美術館で展示され、アートとファッションの境界を超えた革新として認知された。
132 5. ISSEY MIYAKE
2010年に誕生したファッションライン。折り紙のような幾何学的構造をもつ衣服を特徴とし、環境配慮と革新的デザインを融合させたことで知られている。
「132 5.」の名は、「1」枚の布が「3」次元に「2」次元の形へ戻り、「5」番目の次元として新たな創造が生まれるという意味を持つ。数学的思考とアート、テクノロジーを組み合わせ、服を立体的に設計し、畳むと平面になるという独特の構造を追求している。
コンピュータ・モデリングを駆使し、布を折り畳むパターンを精密に設計。再生ポリエステルなどの環境負荷の少ない素材を使用し、衣服が使われないときにはコンパクトに畳めるという機能性も備えており、数学や建築の要素をファッションに取り入れている。
このラインの作品は、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館やニューヨーク近代美術館(MoMA)などの国際的なデザイン展でも展示され、革新性と美的価値が高く評価されている。
ISSEY MIYAKEの影響
ISSEY MIYAKEはファッション業界においてテクノロジーを取り入れた先駆者である。その影響は
など多くの分野に広がっている。
ISSEY MIYAKEは、A-POC(A Piece of Cloth)に代表されるように、1本の糸からニット状のチューブを成形し、着る人が自らカットして服を完成させるなど、服作りのプロセスそのものを再定義してきた。また、リサイクル素材や最先端の繊維技術を積極的に採用し、サステナビリティとデザイン性の両立を目指している。
また、Apple創業者の「スティーブ・ジョブズ」が着用していた黒のタートルネックもISSEY MIYAKEがデザインしたことで知られている。
まとめ
ISSEY MIYAKEは単なるファッションブランドではない。それは服の未来を探る実験場とも言える存在である。三宅一生が生み出した革新的なアイデアは、
現在でも世界のデザインに影響を与え続けており、ファッションを進化させたブランドと言っても過言ではないだろう。
refer to : isseymiyake.com


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