服は「完成させて見せるもの」だった。1981年のパリ、川久保玲と山本耀司はその前提を壊し、1988年にはマルタン・マルジェラが縫い目そのものを表に出した。3人が別々にたどり着いた答えが、今日「解体主義(デコンストラクティビズム)」と呼ばれている思想だ。

この記事を読み終えると、マルジェラ・ギャルソン・ヨウジヤマモトという3つのブランドが一本の線で繋がり、店頭で「思想のある解体」と「ただのダメージ加工」を見分ける目まで持ち帰れるはずだ。

解体主義とは何か|「未完成」を設計にした思想

解体主義とは、服作りの過程で本来隠すべき部分(縫い代・裏地・仮縫いの糸)をあえて見せることで、「完成された美しさ」という服の前提そのものを問い直す手法を指す。破れ・ほつれ・左右非対称は失敗ではなく、意図された設計だ。

この言葉の正体は、2つの階層でできている。もとになっているのは哲学者ジャック・デリダが提唱した「デコンストラクション(脱構築)」という概念で、これは「壊す」というより「前提を疑い、組み直す」という思考のプロセスを指す。この哲学が1988年にニューヨーク近代美術館(MoMA)の建築展「Deconstructivist Architecture」を通じて建築界に持ち込まれ、「デコンストラクティビズム(解体主義)」という運動名がつけられた。ファッション評論家が服にこの名前を転用したのは、その余波だ。

つまり「デコンストラクション」は哲学の概念そのもの、「解体主義」はそれを服や建築に応用した運動の呼び名という違いがある。厳密に言えば、川久保玲や山本耀司、マルジェラの服を指すときに正しいのは後者の「解体主義」だ。なお日本語ではDeconstructivismの訳語として「脱構築主義」と「解体主義」の両方が使われており、ファッションメディアでは「脱構築」表記も多い。呼び方が違うだけで、指しているものは同じである。マルジェラも川久保玲も、この哲学由来の呼び名を自分の服に当てはめられることに否定的だったという記録が残っている。つまり解体主義は、作り手が掲げた旗ではなく、後から服に貼られたラベルなのだ。

それでもこの言葉が40年以上使われ続けているのは、「壊すことで問いを立てる」という手つきが、それだけ多くのデザイナーに受け継がれてきたからだ。その系譜を、始まりの1981年から順に追っていく。

1981年のパリ|川久保玲と山本耀司が持ち込んだ「喪服」

事件は1981年に起きた。川久保玲のCOMME des GARÇONS(コム デ ギャルソン、1969年に東京で始動、1973年に法人化)と、山本耀司の自身のブランドが、同じシーズンにパリでショーを行った。

会場に現れたのは、白塗りの顔にオーバーサイズの黒い非対称の服をまとったモデルたち。裾は不揃いで、生地には意図的な破れや穴があった。フランスの批評家たちはこれを痛烈に皮肉り、「広島シック」と書き立て、黒ずくめの信奉者たちを「カラス」と呼んだ。西洋の服が「体型を美しく見せる」ことを目的にしていたのに対し、川久保玲と山本耀司は「不完全さ・儚さ・黒」そのものを美として提示した。この一件が、のちに解体主義と呼ばれる流れの出発点になる。

この時期を象徴する一着が、1982年に発表された通称「レース」セーターだ。黒いニットの全面に、大小の穴が不規則に空いている。川久保玲はこれを破れと呼ばず「レース」と名付けた。編み機のネジをわざと緩め、機械を誤作動させて穴を作ったという製法まで含めて、「機械の完璧さ」への批評になっている。このセーターは現在、メトロポリタン美術館やヴィクトリア&アルバート博物館に収蔵されている。破れた黒ニットが美術館に入る、その転倒こそが1981〜82年に起きたことの大きさだ。

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マルジェラの「白いタグ」|匿名性という発明

川久保玲と山本耀司から遅れること7年、1988年にベルギー人デザイナーのマルタン・マルジェラがパリでブランドを立ち上げた(ジェニー・メレンスとの共同創業)。マルジェラはアントワープ王立芸術アカデミーを卒業後、ジャン=ポール・ゴルチエのアシスタントとして3年間パリで学んでいる。

マルジェラが持ち込んだのは、川久保玲や山本耀司よりさらに具体的な「製造工程の可視化」だった。縫い代を裏返さず表に出す、裏地を見せる、仮縫いの白い糸をそのまま残す。パリ郊外の廃劇場で行われた最初のショー(1989年春夏、1988年10月開催)では、車のシートベルトや古着を再構築した素材まで使われた。完成品として売られる服の裏側で、誰かの手がどれだけ動いているか。マルジェラの服は、その隠された労働を表に引きずり出す。

象徴的なのが、あの何も書かれていない白いタグだ。ブランド名を一切記さず、4か所を白い糸で服の表側から留めるだけ。ブランドロゴで語るのではなく、服そのもので語らせるという思想が、この匿名のタグ1枚に凝縮されている。デザイナー本人も顔写真の公開やインタビューをほぼ拒み続けた。批評家ビル・カニンガムが自身の記事でマルジェラの服を「デコンストラクティビスト」と評したことが、この言葉がファッション用語として定着する直接のきっかけになった。

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エルメス時代のマルジェラ|解体主義は破れた服のことではない

「解体主義=ボロボロの服」という理解が浅い証拠に、マルジェラのキャリアで最も静かな仕事がある。1997年から2003年まで、マルジェラは超のつく名門エルメスのウィメンズ・プレタポルテのアーティスティック・ディレクターを務めた。

前衛の代名詞だった男が、フランスで最も保守的なメゾンを任される。業界は驚いたが、マルジェラがエルメスで見せたのは破れでも露出した縫い代でもなかった。上質さと着心地だけを残して、装飾・ロゴ・季節ごとの流行といった「服に付いてまわる余計なもの」を削ぎ落としたワードローブだった。壊す対象が「布」から「ファッションシステムの慣習」に変わっただけで、手つきは同じ解体なのだ。

当時は地味だと評されたこの仕事は、SNS以前の時代ゆえに記録も少ないが、2017年にアントワープのモード美術館(MoMu)で回顧展が開かれ、近年「静かなラグジュアリー」の先駆けとして再評価が進んでいる。

三者三様の解体|ギャルソン・ヨウジ・マルジェラは何が違うのか

同じ「解体」でも、3人の手つきはまったく違う。

デザイナー解体の対象象徴的な手法
川久保玲(COMME des GARÇONS)身体そのものの輪郭意図的な穴(「レース」セーター)、左右非対称、コブ状の隆起(のちのボディ・ミーツ・ドレス)
山本耀司性別・体型の記号オーバーサイズ、不揃いな裾、黒の徹底
マルタン・マルジェラ服の製造工程とファッションシステム縫い代・裏地の露出、匿名の白タグ、廃材の再構築

川久保玲と山本耀司が「服が隠してきた身体の常識」を壊したのに対し、マルジェラが壊したのは「服という商品が隠してきた工程」だった。同じ「解体」という言葉で括られていても、壊した対象が違う(ここを混同すると、解体主義の理解は表面的なものになる)。

解体主義はどこへ流れたか|デムナという直系

この思想は美術館入りして終わった過去ではない。現在のモードの中心に、マルジェラの直系がいる。

ヴェトモンを2014年に立ち上げ、その後バレンシアガを率いたデムナ(デムナ・ヴァザリア)は、キャリアの形成期にメゾン マルジェラのウィメンズのデザインチームに在籍していた。デムナは当時について、1990年代初期のマルジェラの服(シャツを一度分解し、そこから新しい一着を作る仕事)に触れたことが自分の方法論になったと語っている。**服の構造を理解し尽くしてから壊す。**これはマルジェラが白タグに込めた手つきそのものだ。

ただしデムナの解体は、布ではなく「ラグジュアリーという概念」に向かった。DHLのロゴTシャツ、巨大化したスニーカー。高級とは何か、という問いを挑発的に投げる手法は、縫い代の露出よりずっと過激な解体かもしれない。1981年に川久保玲と山本耀司が開けた穴は、40年かけて、服そのものからファッション産業の仕組みへと広がり続けている。

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ダメージ加工と解体主義の見分け方|店頭で使える3つの視点

ここまでの話を、買い物で使える知識に落とす。破れやほつれのある服を前にしたとき、それが「思想のある解体」か「見た目だけのダメージ加工」かを見分ける視点は3つある。

  1. 壊れた場所に理由があるか: 解体主義の服は、縫い代・裏地・タグといった「本来隠される場所」が表に出ている。ただ膝が破れているだけのジーンズとは、壊している対象が違う
  2. 壊した後に再構築があるか: マルジェラの再構築服も、川久保玲の「レース」も、壊しっぱなしではなく壊した先に新しい形を作っている。破って終わりの服には設計がない
  3. ブランドがその理由を語れるか(語らない理由を持っているか): 思想のある解体は、コレクションの文脈や過去の仕事と繋がっている。「今季のトレンドなので」以上の説明が存在するかどうかは、調べればわかる

もちろん、思想がなくても格好よければいい、という買い方も正しい。ただ、値札の数字が「加工の手間」ではなく「思想の系譜」に付いている場合があると知っておくと、高い解体服を前にしたときの判断が変わるはずだ。

in the vault=ここだけの話

解体主義という言葉を面白くしているのは、当のデザイナーたちがこの言葉を拒んでいたという事実だ。

批評家が哲学の言葉を借りて名付け、後追いで説明が完成した。マルジェラも川久保玲も「壊すこと」を目的にしていたわけではない。縫い代を見せたのも、編み機のネジを緩めたのも、彼らにとってはただ「服とは何か」という問いへの誠実な答えだったにすぎない。川久保玲は穴だらけのセーターについて「私にとってあれは破れではない」と言い切っている。

名付けた側と、作った側のあいだにあるこのズレこそ、解体主義を語るときに一番面白い場所だ。言葉を知ってから服を見ると、破れの向こうに40年分の問いが透けて見える。

まとめ

  • 解体主義とは、服作りで本来隠す縫い代や工程をあえて見せ、「完成美」という前提を問い直す手法
  • 出発点は1981年、川久保玲と山本耀司のパリ・デビュー。「広島シック」と皮肉られた黒が、いまや美術館に収蔵される美になった
  • 1988年のマルタン・マルジェラは「製造工程そのもの」を解体し、匿名の白タグに思想を凝縮。エルメス時代(1997〜2003)は解体が破れのことではないと証明した
  • その直系がマルジェラ出身のデムナ。解体の対象は布から「ラグジュアリーという概念」へ広がり続けている
  • 「解体主義」という言葉自体は批評家が哲学用語を転用したもので、デザイナー本人たちはこの言葉に否定的だった